風味絶佳 (ページ49)

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「イムさん、そこに座って少しだけ待ってて。」

私をベンチに座らせて、踵を返して走っていった社長に対して、ただ狼狽える。
何か気分を損ねることをしてしまったのか、それとも単なる席外しなのか。大人しく社長の帰りを待つ。

向こうから走ってくる社長を見つけて立ち上がると、遅くなってごめん、と社長が眉を下げて謝る。

「いつもより、背が高いなって思ったときに気づくべきだった、ごめんね。」

「…何の話でしょうか、」

「靴擦れ、赤くなってるの、見えてたんだけど靴屋が見つからなくてさ。イムさんが嫌じゃなかったら、こっちに履き替えて。」

そう言って差し出された紙袋には、有名ブランドのショートヒールが。袋を手にしたまま動かない私に、痺れを切らした社長が新しい靴を地面に置く。

「いつものヒールで全然大丈夫だったのに、」

「ソアさんは背が高いから、少しだけも近づけるように、と思ったんですけど、すみません、」

社長に迷惑をかけてしまっているのが、とにかく申し訳なくて、目頭が熱くなる。
社長は跪いたまま、ごめんね、と言い、私の靴を脱がせて、新しいヒールを履かせた。

「靴、ありがとうございます。お金、これ、いくらでしたか？」

手持ちで足りるかな、と心配する私を他所に、社長は、うーん、と考えるそぶりを見せる。

「イムさん、靴のお礼に、よるご飯はもう少し後にして、少しだけデートに付き合ってくれない？」

私の眼をじっと見つめる社長に、何だか今の社長、王子様みたいです、と伝えると、じゃあソラちゃんはお姫様だ、と笑われた。

機嫌良く、鼻歌を歌いながら車を運転する社長を、横目で盗み見る。カーナビもつけず、自由気まま、と言ったふうに走らせる社長。

「どこに向かってるんですか、社長。」

「だから社長って呼ばないでよ〜、ほら、俺の名前、知らないわけないでしょ。」

「……スンチョルさん。あの、私、スンチョルさんの顔をどこかでみたことがある気がするんですけど、どうしても思い出せないんです。……知っているなら、教えてくれませんか？」

勇気を出して聞いてみると、ソラちゃん、写真部だったでしょ、とスンチョルさん。それがヒントなんて言われても。

なんだかすごくもどかしいです、と伝えると、

「………もどかしいのは俺の方だよ。折角、会えたのに。」

まるで、愛おしいものを見るような目で私を見る、彼、スンチョルさんに、少しだけ、胸が高鳴った。