風味絶佳 (ページ44)

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「イムさん」

優しい声に振り返ると、社長が缶を２つ、手に、大丈夫じゃないよね、ごめんね、と休憩時間をくれた。

「コーヒーと、ポタージュ。どっちがいい？」

「あ、えっと、じゃあ、すみません、ポタージュを頂きます……。」

はは、と低い笑い声が聞こえたと思ったら、

「だと思った。」

頂きます、と言って開けた缶からは、ふわっと暖かい湯気が立ち昇って、心の中に張り詰めた糸を溶かしていく。大丈夫、と言葉を思い浮かべると、私が選ばなかったコーヒーを飲んで休憩をしているスアさんに言う。

「すみません、ここ、が分からないので教えて頂きたいです、」

「………もちろん！今のイムさんの仕事は、私の説明を聞いて、分からないことを、分からない、ということだからね。」

にこり、と笑顔を見せてくれるソアさんにお礼を伝えて、また、ノートをメモで埋めていく。

定時を知らせるチャイムが鳴ると、今日はここまで、お疲れ様、とソアさんは早々に退勤していった。デスクに散らばった荷物をまとめていくと、携帯がピコン、と光る。

＂ソラちゃんお疲れ！1日長かったね〜( ; ; )下で待ってる！^ ^＂

彼のメッセージはいつも、ソクミンの声で再生されるようで、顔文字通りのソクミンの表情が思い浮かんで、少しだけ微笑む。

「イムさん、お疲れ様」

「あ、社長、！お疲れ様です。すみません、」

一段高いところにある、椅子から降りて挨拶をしに来てくださる社長に驚いて、社員証を手から落とす。

「イム・ソラ、やっぱり素敵な名前だ、」

そう言って、拾った社員証をまじまじ、と見つめる社長。

「……ありがとうございます。あの、やっぱりっていうのは、」

「あ、いや、ごめん、こっちの話、気にしないで。」

お疲れ様、といって私も頭に手を置いてからつま先を翻した社長。その言葉の真意を聞く勇気はなく、もう一度頭を下げてから社長室を出る。

「わっ！……びっくりした、下で待ってるんじゃなかったの？」

社長室の真ん前で携帯をいじる影に驚くと、ソクミンが呆れたように笑う。

「もう！だって全然来ないし、返事もないから様子見に来たんだ〜、てか待って、なんか俺社長にすごい睨まれてるんだけど……」

「嘘〜気のせいだよ、待たせちゃってごめんね、帰ろう！」

そう翻した私とソクミンを、どんなふうに社長が見ていたかなんて、私は、知らない。