風味絶佳 (ページ30)

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おじいちゃんごめんね、とだけ伝えて、自室に戻ると、複雑な気持ちで写真を見返す。

赤ちゃんの頃の記憶なんてあるわけがないし、私が知っているのは、名前と誕生日が書かれた紙、それからこの2人の赤ちゃんの写真、そして私、が段ボールに入れられていたということだけ。教会の下に捨てられていたのを、買い物帰りのおじいちゃんが見つけて拾ってくれた、というのも。

……コク、という苗字のまま暮らしていると言うことは、妹は捨てられていなかったのだろうか。

不安が心を覆い隠す頃、なんだか無性にジフンさんの声が聞きたくなって、彼の優しい声色を思い出す。そんなふうにしていると、微睡の中に溶ける感覚がして、ベッドに沈んでいった。
　

「ソラ、出てきなさい。」

ぱっ、と聞こえたおじいちゃんの声に反応して、ベッドから降りる。はーい、と返事をしてお店に出ると、いつもに増して綺麗な顔でケランチムを頬張るジフンさんの姿が。

「ジフンさん、こんばんは。」

「おう」

「今日はいつもより早いですね、なんだか目元がキラキラしてますし。」

「撮影が早く終わったからな。ソラは目が腫れてるみたいだけど。」

うそ！恥ずかしい、と思って銀色の時計の側面で鏡を見る。ん、うまく見えない、と手こずっていると、嘘だけどな、との声。

「もう、本気にしちゃったじゃないですか。」

「泣いたからか？」

まるで見透かしたような瞳で見つめられて、図星です、といったように黙りこくってしまう。

「おじいさんに聞いた。お前の生まれた環境も、明日、妹に会いに行くことも。」

「……なんで。」

「……もしも、妹が我儘を言ったらどうする。お前は、その、この店から居なくなってしまうのか？」

「……いえ、帰ってきますよ、絶対。」

それならいい、と微かにつぶやいたジフンさんの目は、なぜか不安そうに揺れていた。

「本当は、自分がどうしたいのか、あんまり分からないんです。何も知らないままのほうがいい気もするし、全部知った方が楽な気もする。何が正解なのか、誰か教えてくれたらいいのに。」

私は、そこで自分が、知らず知らずのうちに大粒の涙をこぼしていることに気づいた。彼の広く、逞しい胸に抱きしめられていることにも。

明日、閉店間際に迎えにくるから、妹のところへ行くのはそれからにしろ、と去り際に私にいったジフンさん。おじいちゃんに言うと、ソラが迷子にならなくてすみそうだ、と笑っていた。