風味絶佳 (ページ28)

今日:4 hit、昨日:6 hit、合計:130,409 hit

08 ページ28

桜がちょうど満開、となる頃。
これまた綺麗なアッシュカラーの髪を靡かせたジフンさんが閉店ギリギリに来店した。
かなり久しぶりに見たその顔には、これでもかと言うほどの疲労が映し出されていて、思わず困惑する。

「………弱いところは見せたくないから、もう少し落ち着いたら来ようと思ってたんだけど。」

私とおじいちゃん、2人して眉を下げて次の言葉を待つ。

「ここのご飯が恋しくなって。」

情けないな、俺、なんて机に言葉を落とすジフンさんに、ちょっと待ってろ、とおじいちゃんが言う。

会話の節々から、なんとなく彼がアイドルだと言うことは伝わっていたのだけれど、目の当たりにした彼の気持ちを、どう励ましていいのか分からない。むしろ、励ましていいのか、すらも。

「………ソラ。」

「、ジフンさん、たくさん食べてくださいね！」

私に言える言葉に精一杯の気持ちを込めて伝える。

「ここ、座って。」

ジフンさんが指差した、向かいの席に座る。
おじいちゃん、と振り返ると、料理を作り終わったおじいちゃんは雰囲気を察して、家へと帰っていた。

実はさ、そう言って話し始めたジフンさんのお話は思っていたよりも壮絶で、壮大で。
普段、新聞からしか情報を得ない私には想像のつかない世界の話。

「別に、共感して欲しいとかじゃなくてさ。ただ、お前に、聞いてほしくなって、ごめんな、一方的に。」

「大丈夫、私も、このお店も、おじいちゃんも、ご飯も、全部。ずっと、ここに居ますから。」

一滴だけ、綺麗な涙を流したジフンさんに、ジフンオッパ、おかわりは？と聞く。勿論、早くくれ、小人ちゃん。そんなふうに返事を返す頃には、すっかりジフンさんの顔色は戻っていた。

「ソラはさ、」

ジフンさんの言葉を遮るように居間から出てきたおじいちゃんは、私に一瞥をくれると、小人くん、酒を飲もう、と無視してジフンさんに話しかける。

「俺酒飲めないんですよ」

「そうか、残念だ……。まあいい、ソラ、電気は俺が消しておくからもう寝なさい。」

変に珍しいことをいうおじいちゃんは、稀に見る真面目な顔をして、ジフンさんにおやすみなさい、と伝えてから家に戻る。

ジフンさんと、もう少し一緒にいたかったな、なんていう寂しい気持ちは、久しぶりだったから、という事にしておこう。ひとりぼっちの部屋でつぶやいた、ジフンオッパ、という呼びかけは、宇宙に溶けていった。