２９＜蓋をするということ。＞ ページ30
〜とある家の長男が語る〜
体を癒す天然温泉に浸かり、
腹を癒す食事を取って、
心を癒す酒を飲んだ。
トド松を除いた弟達との飲み比べが終わった頃、
俺のイライラしていた心は何処かへ吹っ飛んで、
妙に陽気になっていた。
いやまあ、それがアルコールの作用にしろ、
なんにしろ、かんにしろ、どうにしろ、
どうだってよかった。
とにかく痛みを消し去りたかった。
気付きかけた気持ちを、
アルコールと一緒に忘れてしまいたかった。
蓋をしてしまいたかった。
「明日海行くんだから、ほどほどに…。」
「あぁ！！わーってるぅって＿」
なんだか身体に力が入んなくなって、
ずぷりと睡魔が俺を飲み込んだ。
7月8日-10:12-
「「うっひょー！！！」」
灼熱の太陽、青い海。
二日酔いでバテると思っていたのに、
自分はこれでもかってぐらい至って元気だった。
ただ、妙に頭がスッキリしていた。
上の空のまま遊んだ後。
そろそろ帰るかって言い始めた夕方頃。
夕日に海が照らされて、水面が橙色の輝きを放つ。
はしゃぐ弟たち。でも俺は、そんな美しい光景に何の感慨の抱けなくて。
トド松のスマホのそれとは違う、注意しなければ波の音で聞こえない程の小さなシャッター音を、ただ、気にしてばかりいた。
「…。」
資料によると確かあっち側に＿
振り向けば遠くで、Aが一眼レフを構えていた。
俺は誰も見ていないことを確認して、Aの方へと進んでいく。
砂浜の中の、大きな岩に囲まれた小さなスペース。
なるほど、これはストーキングにはうってつけだ。
俺が近づいていくと、Aはあからさまに嫌そうな顔をした。
「何ですか、私は忙しいんです。昨日だって、急な雨のせいで満足に下見もできず、予定外に貴方達と鉢合わせてしまったし…。」
Aはカメラから顔をあげ、やっと此方を向いた。
「てか、こっち来ないでくださいよ。
ある程度は自由に動いていいですが、流石に此方に来るのは……？」
だが、俺の顔を見るなり、小首を傾げ、訝しむような目で此方を見た。
「どうしたんだ、そんな顔して。」
「何を仰るんですか、それはこっちの台詞ですよ。」
Aは眉間に皺を寄せて、
悔しんでいるような、悲しんでいるような表情で、
一眼レフを離し、背伸びをしながら、小さなその手で俺の眉間に触れた。
「何故、そんな苦しそうな顔をしているのです。」
苦しそうな、だけど、慈しむような、優しい声だった。
痛い。
こんな酷い痛み、消し去れる訳がなかった。
今も気付きかけたこの気持ちに、また、目を逸らしている。また、蓋をしようとしている。
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錠前(プロフ) - ライムさん» ライムさん、コメントありがとうございます！楽しんでいただけたようで何よりです。これからも頑張っていきますので、何卒、よろしくお願いします。 (2019年6月30日 12時) (
レス) id: 09029ad6bb (このIDを非表示/違反報告)
ライム(プロフ) - 作品、めっちゃ素晴らしいかったです！！！これからも応援しています！ (2019年6月17日 6時) (レス) id: 928e00f70d (このIDを非表示/違反報告)
錠前(プロフ) - killlifeさん» killlifeさん、コメントありがとうございます！甘いだけじゃない恋、ある種の苦味のある甘酸っぱさ、そういうモノがこの作品のテーマのひとつだったので、伝わったようでとても嬉しいです。これからも頑張っていきますので、何卒、よろしくお願いします。 (2019年5月30日 19時) (レス) id: 09029ad6bb (このIDを非表示/違反報告)
killlife - とても良い作品でした。甘酸っぱくて何だか学生時代の頃を思い出しました。コメント頂けると嬉しいです。 (2019年5月27日 0時) (レス) id: a010fddd46 (このIDを非表示/違反報告)
錠前(プロフ) - はむめろんさん» はむめろんさん、コメントありがとうございます！心が動かされた、というお言葉、本当に嬉しいです。この作品を通して、貴方に『何か』が伝わったなら、それだけで私は満足です。新作も頑張っていきますので、何卒、よろしくお願いします。 (2018年8月18日 10時) (レス) id: 09029ad6bb (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：錠前 | 作成日時：2016年10月22日 16時
