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ズルズルと石壁と身が擦れる音が聞こえる。
夏油はなくなった右腕から流れる血液を左手で抑えながら辛うじて重たい体を引き摺って歩いていた。
世界の均衡を変えるほどの里香の力を目の当たりにした夏油は次に彼女を手中に収める時を夢想する。
その前に立ちはだかるように人影が姿を現した。
「遅かったじゃないか、悟」
10年前のように目隠しの包帯を取り払った五条がじっと手負いの夏油を見つめる。
どこまでも真っ直ぐにひたむきにその目が逸らされることはない。
夢、大義、自身の終わりを悟った夏油は全身の力を抜き壁に背を任せるまま地面に腰を落とした。
「君で詰むとはな、家族達は無事かい?」
「揃いも揃って逃げ果せたよ。京都の方もオマエの指示だろ」
「まぁね、君と違って私は優しいんだ。あの二人を私にやられる前提で乙骨の起爆剤として送りこんだな」
「そこは信用した、オマエの様な主義の人間は若い術師を理由もなく殺さないと」
「クックックッ…信用か、まだ私にそんなものを残していたのか」
夏油は五条の言葉を心底おかしく馬鹿馬鹿しく思った。
こんな自分には彼の信用など不釣り合いだというのに、当然のように彼はそう言うのだ。
これが果たして笑わずにいられるか。
夏油の脳裏にかつての日常が思い起こされる。
酷く暖かくて懐かしく、色褪せて霞んでいく。
決別を決めた時からずっとそれを惜しむことなんてなかったのに、今は指先でなぞり手繰り寄せたいと思ってしまった。
「コレ返しといてくれ」
「!」
そう言って五条に向けて投げたのは先日小学校で乙骨憂太から掠めた彼の学生証。
いや、落とし物を拾っただけだとも。
「小学校もオマエの仕業だったのか!!」
「まぁね」
「呆れた奴だ」
五条のその顔は本心から実に呆れ返っている。
まあまさかこれまで乙骨の関わる事案全てに夏油が関わっていただなんて思いもよらなかったろう。
呆れ顔から一変、五条は覚悟を決めるように切り出す。
「……何か言い残すことはあるか」
茹るような夏の日に五条悟は最強になった。
それはきっと多くを犠牲にしたうえで成り立ったものだ。
僕は辛酸も、無念も、葛藤も全て10年前の夏油傑に押し付けて今もなお立ち続けている。
今の僕はかつての傑のように、今の傑はかつての僕のように、互いを模倣するようになぞらえて生きるようになった。
だからこれは責任だ。
呪術師として、最強として、彼の親友として、僕は傑を殺す。
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作者名:にる | 作成日時:2021年2月10日 1時