月に叢雲花に風 (ページ45)

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完全にドアが閉まった後でジミンが一度私に振り向いた。
何も言わずに少し上からただじっと見つめているだけ。
薄っすらと目に掛かる前髪の隙間からジミンの黒目が見える。

「来て」

ジミンの手が私の袖を掴んだ。
ジミンとは違うわりと身体にフィットした形のニットで、引っ張られたそこだけ袖が伸びている。

言われるがまま、引っ張られるがままについて行く。
私は好きな相手だとこんなにも従順だったのか。
いや違う。
ジミンだからだ。

さっきジョングクと歩いて来た静かな通路をジミンと歩く。
足音はまた二つだけ。

「入って」

ジミンがそう促したのはジョングクのと似た部屋だった。
配置が違うだけで部屋の雰囲気はほぼ同じだ。
完全に違う所があるとすれば今いるここはジミンの匂いで溢れているという事だ。

ドアが閉まった後でパソコンのあるテーブルの上にジミンが雑誌を開いてバサッという音が部屋に響いた。
引っ張られたままだった袖は元に戻ったが、かわりにジミンの手が私の右耳に触れる。

「…痛い？」

ジミンの指はピアスの部分を避けているが熱さは一向に引かない。

「いや…痛くはないけど、熱い？感じで…さっきジョングギにも話してたんだけど…」

弁解の様な口調になってしまって最後まで言い切れず目を伏せた。
別に、ジミンは私にそんな事聞いてないのに。

ジミンの指が耳から移動して行くのが分かる。
私の髪の間をジミンのその指が滑らかに滑り込んで行く。
頸から首へゆっくりと。

その動きに合わせて私の鼓動は速く増す。

「ジミナ、私、…」

何を言おうとしたのかは自分でも分からない。
だからなのかジミンにすぐ'しっ'と小声で制されてしまって、すぐに唇を塞がれてしまった。

何でまた。
私はこんな事になってるんだろう。

頭では思ってるのにジミンの全てを拒めないまま、ただジミンの見た目よりずっと逞しい肩に力の入らない手で必死に掴まるだけ。

背中に冷たく堅い感触がしてそこがこの部屋の壁だと気付いた時には逃げ道はないと悟った。
気をつけるべきだった、本当に。