月に叢雲花に風 (ページ35)

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先輩は来ないんですか？なんて初めて小学校に行く子供の様な事を言いそうになった。
でも言わなかった。
当然来るはずがないと知っているからだ。

ベッドで目を開けた瞬間から外は晴天だと気付いた。
カーテンの隙間から光が差し込んでいてフローリングを煌々と照らしていた。
私の気持ちは曇天なのに。

「領収書お願いします」

タクシー運転手にそう言ったのには理由がある。
こういう時も交通費が出るからしっかり貰っておけという先輩の頼もしい助言を実行しているのだ。

だから地下鉄でもバスでもなくタクシーで、これもだ。

バッグの中には上司から受け取ったバインダーとその他いつもバッグに入っている物。
それから何かあるかもとノートパソコンも入っている。

「안녕하세요(アニョハセヨ)」

撮影場所でスタッフに挨拶をして歩く。

知ってる様で知らないスタッフばかり。
当然な事ではあるが心細く感じる。
撮影前の現場が慌ただしい事は知っている。
だから挨拶も早々にバッグを置いてバインダーに記載されていた私の本日の仕事を遂行にあたる。

間違いがないかどうかもう一度バインダーを確認して、と1ページ捲った時だ。

「おはよう」

右耳の直ぐ近く。
それと両肩の重みと温もり。

「Aがいるって思わなかった」

振り向がなくても分かる。
憎い程私の全部がよく覚えているジミンだ。

肩に手を置いたまま私を覗き込む様な態勢のジミンが'놀랐잖아(ノルラッジャナ)(びっくりしたじゃん)'と笑顔で言う。

笑うと大きいとはいえない目が細くなって可愛さを増すのに今日はそう見えないのはもうしっかりメイクされている状態だからだ。
いつも自由に揺れていた髪は分け目もしっかりと整えられていて私を捉える瞳は青ともシルバーともグレーとも見てとれるカラーコンタクトが入っていた。

それから唇には淡い色の口紅が。

明らかに加速する私の鼓動に消そうとしていた好きだという気持ちが呼び起こされるみたいだ。