月に叢雲花に風 (ページ32)

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「ジョングガ」

屋上庭園へのドアを閉めた後でジョングクの広い背中を呼び止めた。
扉の向こう側とは違って充分暖かい空間にムスタンのチャックを開けた。

「わざわざ持って来てくれたから、これ」

空になったカップを見せると'あぁ'と笑ったジョングク。

「優しいでしょ？たまたまだけどヌナが屋上行くの見えたから、寒いかなと思って」

'わざわざね'と付け足したジョングクの今のやつこそ'わざわざ'で、思わず小さく笑ってしまった。

「あ、もしかして優しくないと思ってた？」

「いや、そんな事ないけど、意外だなとは思うよね」

「意外じゃないから、元々優しいよ俺は」

エレベーターの方向へ自然と歩く私とジョングクの会話も自然と交わされる。
ぎこちない初動が嘘だったかのよう。
ありきたりだがまるでずっと前から友達だったみたいな。

エレベーターに乗って私が降りる7階に着く直前までそんな雰囲気が続いた。
でも直前まで、の話だ。

私がまた少し笑って7階に着いてエレベーターのドアが開く。
'じゃあ'と自然に手を振って降りた私をジョングクが呼び止めて雰囲気が変わったのだ。

「ヌナあのさ」

エレベーターを降りないジョングクと閉まらないドア。
前にもこんな事があったような－－－

「何もなかったからって何も変わらないわけじゃないよ」

ジョングクの言葉が分からない。

私が理解できなかったのか。
それともジョングクの言葉選びに間違いがあったのか。
'どういう意味？'と聞き返す。

「そのままの意味」

しっかり閉まっていたアウターのチャックをやっと開けたジョングクの目は私を見ていなかったけれど、言葉は正確で淡々としていた。

後ろの方でドアが開く音が聞こえてエレベーターのジョングクから音する方に顔を向けた直後'じゃあね'と。
直ぐにエレベーターの方にまた振り返ったけれど丁度ドアが閉まってジョングクの姿はもう無かった。