月に叢雲花に風 (ページ19)

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とはいえ今の私には先輩のように恋愛なんてしてる暇はない。

そんなものに現(うつつ)を抜かそうものなら途端にクビ宣告をされそうで。
そうなったら悔やんでも悔やみきれない。
会社クビになって日本に帰化しましたなんて、絶対に避けたい嫌な未来だ。

先輩のような安定した恋愛には当然憧れる。
が、憧れを実現したいのならせめて先輩と同じくらい仕事が出来るようになってからの話だ。

ただ、仕事が出来るようになったところで先輩と同じ美貌を持ち合わせていない事実は受け止めなければならない。
いつかの未来の為に先輩と同じ様に先ずは髪を伸ばしておこうなんて、まだ肩に付いたばかりのややパサついた毛先を触った。

整形でもしようか。
あと少し目が大きくて鼻が高ければ。
それとも美容皮膚科に通ってみようか。

「A」

パソコンの前でまた余計な事を考えている私を呼んだのは同じ部署の男性スタッフだ。

「はい、何でしょう？」

椅子ごと振り返る。

「Aの事呼んでって」

「、私を？誰がですか？」

呼ぶだけなんておかしい。
部署は分かれてはいるものの、社内の人間はその他の部署に用があるならいつでも自由に出入可能になっているし、それを知らない人間はいないはずだからだ。

それは呼び出しの言伝を頼まれたこのスタッフの方も当然知っているわけだ。

なのに私の質問に肩をすくめて'さあ'なんて言うもんだから私の眉間に深い皺が出現する。

「さぁって…」

「いや、本人に言わないでって言われたから言えないだけだよ。とりあえず行ってみなよ」

'俺は伝えたからね'と制止する暇もなくスタッフはさっさと自分のデスクに帰ってしまった。

退勤間際の慌ただしい時間。
みんな退勤時間に帰る為に最後の仕上げ中なのだ。
漏れなく私もその時間なのだが、呼び出しとは…

"面倒くさい"
それしかない。
話しがあるなら直接入って来て言えばいいものを、こんな遠回しに。
時間帯も、だ。

パサついた毛先の髪が邪魔で手首のゴムで適当に括ってドアに向かう。
足取りは重い。
気も重い。