月に叢雲花に風 (ページ1)

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入社していよいよ本格的な仕事を始める日が、今日だ。

偶然か奇跡か。
私の実力もあったのか。
一時的に全ての欲求を封じ込めて必死に喰らい付きながらインターンを乗り越えての今日である。

「そんなに緊張しないで」

「、はぁ…そうですよね」

首に掛けられている社員証が私の緊張を表現しているかの様に僅かに揺れた。

インターンの時から何かと良くしてくれている二歳年上の先輩は'堅い'と笑うと私の背中を強めに擦る。
そこが熱くなって更に身が引き締まる気がした。

とはいえ裏方事務所仕事を選んだ私にはかなりのビッグイベントであって、手がじんわりと湿っていて下の方でそれを乾かす様にひらひらと動かす。

「안녕하세요(アニョハセヨ)」

その挨拶が飛び交って手の動きを止める。

谺のように順々に交わされる挨拶の声。
バラバラの服、バラバラの性別、バラバラの年齢のスタッフの中ではかなり目立つ。
統一性のある服を身に纏う彼等が忙しく頭を下げながら近付いて来る。

否、近付いて来るは語弊がある。

「、안녕하세요…」

正確には通り過ぎた、だ。

緊張、圧倒。
そのせいで碌な声量で挨拶も出来なかった私だったが、彼等は他のスタッフにした様に私にも同じ言葉を返して頭を下げた。

こんな事を考えたらおかしいし隣で平然と飄々としている先輩にも言えないけれど、七人並ぶ彼等を見て"本当に存在するんだ"という印象が一番目だった。

彼等の登場で一層慌ただしさを増すスタジオの隅で私はただ体の前で両手を絡ませて、目を右往左往させる。

私がこれから過ごす世界。
正式入社出来たのはやっぱり奇跡が大きいのかもしれない。
だいぶ離れた所でリラックスした様に話しに花を咲かせる彼等を盗み見て"本当だ"と"信じられない"を一人繰り返す。

一瞬。
ほんの一瞬だけ。
ジミンと目が合った様な気がして慌てて大きな機材に視線をずらす。

そんな訳ない。
ただのしがない新人裏方事務所スタッフが何を馬鹿げた事を。