【企画小説】道師の戦争 (ページ19)

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安堵の息と共に男性の体からは力が抜け、椅子がギシ、と短い悲鳴を上げる。
未だに休まらない鼓動を戻すため深い呼吸を続けていた彼に、椅子を立て直したオデュッセウスは「君の名前は？」と尋ねた。

「ヘリオ、ヘリオ・ヴラホスと言います。…ありがとうございます、オデュッセウス様…。」
「それ、止めて。様付けしないで。オデュッセウス、って呼んでよ。ヘリオ。」

びし、と男に指を向けて拗ねたように頬を膨らませる青年に、召喚部屋で見せた様な冷たい雰囲気は既に無い。
椅子に再び座り直し、紅茶のお代わりを要求すると共に、オデュッセウスは自身の契約者の観察を始めた。

麦畑の様な色の短髪は香料で整えているらしく、重力に逆らって上を向いている。瞳は日没直前の、燃える様な日を思わせる。
自身とよく似た色の肌は、質のいい陶器を彷彿とさせた。
腕まくりしたシャツの下からは、鍛えられた筋肉が顔を出している。
しかし、彼の来ている服はよれよれで皺が目立ち、目の下には薄く隈が出来ていた。

…まずは彼を寝かしつけることから始まるようだな。

先程彼から受け取った、自身の顔を写し揺蕩う水面をじぃっと見つめながら、軍師は静かに思う。
無表情で紅茶を見つめていたのが気になったのか、ヘリオは少々戸惑いつつも青年に声をかけた。

「…えっと、どうかしましたか？」
「僕の契約者をどうやって寝かそうか考えてたんだ。」

オデュッセウスに隈を指さされ指摘されると、ヘリオは精一杯浮かべようと努めていた微笑を崩し目元に手をやる。
最近、彼にはやるべきことが多く、満足に寝るという事が出来ていなかった。召喚部屋での立ち眩みも、単に睡眠不足が原因なのだ。

「な、慣れてるんで大丈夫ですよ。」

それを隠すように口角を上げて笑みを作り、ヘリオはこの後やるべきことをつらつらと挙げていく。
彼の言い訳をオデュッセウスは頬杖をついて不満そうな顔で聞いていたが、やがて苛立ちが頂点に達したのか、彼を担ぎ上げてベッドへと向かった。背中の方から「うわぁ！」と間抜けな声が聞こえる。

「こういう人間って何言っても聞かないんだよねぇ…。」

青年は呆れたように溜息を吐きながら、暴れる彼をベッドへと放り投げた。
諦めの悪いヘリオはベッドに入っても言い訳を続ける。

「う～…せめて…せめて後で団長に提出する書類を終わらせてから…」
「つべこべ言わず休む！僕も手伝ってあげるから！」

部屋の外にはしばらく二人の言い争う声が聞こえていた。