【企画小説】道師の戦争 (ページ17)

今日:6 hit、昨日:1 hit、合計:2,228 hit

第九話あの偉業を、今一度【紫蘇】ページ17

永久にも一瞬にも感じられる微睡から解き放たれた時、最初に彼の瞳に映ったのは、見知らぬ男性の間抜け面。
目の前の男性は尻餅を付いたような姿勢で意味を持たない声を漏らしながら、まるで沈む直前の夕日の様な目を見開いていた。

何なんだ、一体。

そんな様子を上から見上げている青年は、呆れたように溜息を吐く。
早々に男性に対する興味を失い、始めに自身の状況を確認しようと男はゆっくりと慣らすように体を動かし始めた。
全身にでは無いが最低限の鎧はある、籠手も軍靴もちゃんと着用している。
腰には剣も、背中には矢筒も自身の強弓もキチンと存在している。

生前と全く同じ衣装に身を包んだ自分が、そこにいた。

この時点で、青年は自身が一度死んでいる事にはとっくに気付いている。
自身が立っていたギリシアの地にもう一度戻って来た訳では無いだろう。誰もが認める英雄、アキレウスでさえ生き返る事は無かったのだから。
普通だったら困惑しているような状況だが、青年は妙に冷静だった。

「ねぇ。」

随分久しぶりに聞く様な、自分の口から発せられる声に青年自身、内心少々驚く。
呼び掛けられた男性はビク、と肩を震わせるも口をはくはくと開閉させるだけ。
それを気にせずに、至って平静な声音で男は尋ねる。

「僕は…一度死んでいる筈なんだけど、その事について何か知らない？」

剣の柄に触れた手は、ささやかな警戒心の表れ。
ただでさえ、全く知らない場所にいるのだ。いつ奇襲を仕掛けられてもおかしくは無い。
僅かな敵意を感じ取ったのか、男性は赤い瞳を僅かに細め、素早く立ち上がった。その瞬間、重心がぶれる。
何事も無い様に男性は男に背を向け、部屋に唯一着けられていたドアの取っ手へと手を掛けた。

「…ここで立ち話も何なので、俺の部屋に。」

覇気がない声が、黒い部屋に溶けていく。男性は青年の表情を見ずに、すぐに部屋の外へと出てしまった。
部屋の中に残された青年は一人、開け放たれたドアの向こうを見て呆然と立ち尽くす。
訳が分からない、と言った風に頭を抱えた彼の視界に、ボロボロになった茶色の布切れが入る。
拾ってまじまじと観察してみると、それは遠い昔に風の神から授かった、西風が入っていた革袋だった。
何故、こんなものがこんな所にあるのだろう。いくら考えてみても答えは一向に見つからない。

「…何なんだ、一体。」

困惑を隠しきれない呟きを虚空へと捨て、懐かしい革袋を握り締めながら青年は男性の後を追った。