優しい世界［5］ (ページ5)

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Juri side

「…っちっ…なんでこんな時に、！」

別に気分転換になった訳でもないけど、お手洗いから楽屋に戻ろうと廊下を歩いている最中。
履いているスニーカーの靴紐が解ける。

事前に解けにくいように結んでもらってるから、こんな事そうそう無いのに。

追い討ちをかけるように、荒んだ心をズタズタにされてる気分。

最初っから諦めるのも悔しくなって、その場にしゃがみ込んだ。
小さい頃から幾度となく頭に叩き込んだ蝶々結びの手順を思い浮かべる。その手順通りに紐を動かしている、つもり。

するんっと靴紐が手をすり抜けたり、出来たと思って紐を引っ張ってみると全く結べていなかったり。

必死になっている中、耳に入ってきたのは聞き慣れた声。

「ん、樹いた！遅いからどこ行ったのかと思った。」

顔を上げると正面にはきょもの姿が。小走りで駆け寄ってくる。

「靴紐か。そのまま楽屋戻ってきたら誰かしらがすぐ結んだのに」
真横にしゃがみ込んで、綺麗に結んでくれた。
わざわざ俺のために、通常より若干手順を加えた解けにくい方法で頑丈に。

昨日靴紐を結んでもらった時に感じた劣等感とは違う、安心感とか優しさに対する嬉しさを感じて、何故だか胸がいっぱいになった。

「ん、出来たっ…って、え？何で泣いてるの？笑」

気づけば視界が歪んでいた。
どうしてってきょもが戸惑ってるけど、俺自身も戸惑ってる。

喉がキュッと閉まって言葉が詰まって出てこなくて、何度も首を振った。
＂なんでもないよ、大丈夫だから、ありがとう＂
そんな気持ちを込めて。

Tシャツの袖で涙を拭う。

「ほんと、どうしたのさ、笑」
戸惑いながらも背中に手を添えてくれる。

ただただ横にいてくれるきょもの包容力に、
「京本くん」
そう呼んでいた頃を思い出したりして。