39 ページ39
「……それはきっと 秘書の二宮の車だ。いつものハイヤーなら すぐわかったんだけど」
いきなり自分の車を駐車し スマホを置いて行けと言われ こうしてタクシーに乗った 一連の行動の理由を松本に聞いて納得した。
「あいつ…オレが 潤くんと会うことを 良く思わないんだ…」
”まぁそうだろうな”と松本は心で思う。
「でも まさか オレの位置情報まで調べてたなんて…何か怖ぇなぁ…」
「…当たり前だろ。智はVIPなんだから。ってか……脳にチップとか埋め込まれてないだろうな」
「フフ…怖いこと言うなよ」
そんな会話をしながらも 松本は大野の手に自分の手を絡め 指をなめらかに滑らせていた。
それだけで大野の体はジンと熱くなってしまう。
ここがタクシーじゃなければ キスをねだっていたかもしれない。
”焦らない”という言葉が 頭の中でもどかしい曲のように流れる。
焦っているつもりではない。
でも 彼を求める思いは心から湧き上がるものだし それすらも否定していたら何にも進まないような気がしてしまう。
そんなことを考えながら松本の横顔を見つめていると 何かを感じ取ったのか 握っていた手を そのまま大野の太ももに移行させた。
まるで愛撫するようなその指は 意志を持った生き物のようにそこを這う。
場所が場所だけに大野はどうリアクションをすればいいのか正解がわからず 困ったような複雑な表情を浮かべた。
松本は こういうことに慣れている。
それは大野とてわかっていることだ。
彼は紛うことなき立派な大人の男で 加えてこの容姿。
星の数ほどとは思いたくないが 経験も多いだろう。
大野が この手のことにおいて圧倒的に幼稚なのだ。
この埋まらない差は 自分は松本にとって物足りない存在になってしまうかもしれないという不安を少なからず大野に抱かせた。
「…どうした？ 急に黙って…イヤだった？」
そう言って俯く大野の顔を覗き込んできた彼の余裕な表情が少しだけ恨めしく思えた。
「うわ…気持ちいい…」
時間的にも遠くの海は断念し ベタな有名埠頭を選択したが 大野は嬉しそうに潮の香りを吸い込んだ。
平日の午後とはいえ カップルらしき姿がチラホラと二人の世界をつくっている。
大野は それが気になるのか時折 それをじっと見つめていた。
タクシーを降りてからわかりやすいくらい口数が減った彼の様子に もう少し年相応の場所に連れていくべきだったかなどとアレコレ考える。
松本とて決して余裕綽々といったわけではないのだ。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 77人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：hikari | 作成日時：2020年6月6日 4時
