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「そんな情けない顔すんなよ。智にだって 好きな色とかあるだろ？」
「好きな色…？ん〜」
色と言われ ふといつも一番先にペチャンコになってしまったある絵の具の色を思い浮かべる。
そうだった…随分昔のことで ずっと忘れていたけれど 幼い頃 親の目を盗んではよく絵を描いていたっけ…
「青…かな…」
それを聞いた松本は一言”OK”と言うと 店にある青系統のトップスを何枚かチョイスし 鏡の前で立ち尽くしている大野ところへ持って行った。
そして大野が”コレだ”というものが見つかるまで それを繰り返した。
最初の方こそぎこちなく鏡に向かって服を合わせていた大野であったが 2枚に絞り込む頃には 松本に”どうだ？似合うか？” ”ちょっと若すぎるかな”と楽しそうに聞いてくるまでになっていた。
トップスが決まればあとは時間の問題とばかりに大野のコーディネートはあれよあれよと完成した。
上から下まで新調した大野がフィッティングルームから出てくると プリティ・ウーマンのリチャード・ギアさながら目を細めてほくそ笑む松本が満足そうに”ウンウンと”頷く。
「いいじゃん…すげー似合う。とても社長さんには見えない」
「それって 褒めてんのか？」
そんな会話も 単なる照れ隠しでしかない。
一式プレゼントするよと言う松本の申し出を大野は”自分で買いたい”と断った。
松本もそんな大野の思いを受けとめ思うようにさせた。
大野が自分で選んで 自分で買った服。
他の人にとってしごく当たり前のことが 彼にとってはとても意味のある大きなことなのだ。
再び車に乗り込んだ大野は よほど嬉しいのか 着ている服をしきりに触ったり 窓に薄ら映る自分の姿を眺めたりと落ち着かない様子であった。
松本はそんな仕草を”可愛いな”と思いながら横目で捉える。
「青 智に似合ってるよ」
「そうか？」
嬉しそうに笑う大野のつぶらな瞳がますます垂れる。
「オレ…昔 スケッチブックに海の絵を描いていたのを思い出してさ…」
「…へぇ…絵 描くんだ…」
「昔の話だよ。気乗りしない家族旅行でよく海外に連れて行かれたけど 近くに海があるとすごく嬉しくて…本当に真っ青でさ…キラキラして綺麗だったな…」
松本はポツリ ポツリと呟くように話す大野の言葉を静かに聴いていた。
「…海…行く？」
「えっ！ホント!?」
大野の言う真っ青で キラキラした海じゃないだろうけど 彼の好きな所へ連れて行ってあげたかった。
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作者名：hikari | 作成日時：2020年6月6日 4時
