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相手が名のあるシェフだったせいなのか 彼は 料理界のいわゆるブラックリストに名を挙げられているようだった。
これで あの”オラージュ”の厨房が砦のような造りである意味がわかった。
ああやって松本を隠しているのだ。
大野は 調査書を机にそっと置くと 椅子に深々と座り大きくため息をついた。
こんなの逆恨みではないか。
確かに暴力を振るったのはよくなかったが 才能ある料理人が腕を振るうべき場所をここまで奪う権利がどこにあるというのか。
いや…暴力が問題ではないか…父親として一番許しがたかったことは 多分 最愛の息子を奪われたことなのだろう…。
しかも スーシェフまで上り詰めたということは 相当 目をかけられていたのだろうから シェフとしては可愛い弟子に裏切られたも同然だったのかもしれない…。
過去のことだとはいえ 大野は少し複雑な気持ちだった。
彼が そこまでして恋した人…
いったいどんな人だったのだろう…
考えると 胸がチクリと傷んだ。
懐かしい夢を見た。
部屋の片隅でレシピのスケッチをしていると彼はいつも子犬のようにじゃれてきて邪魔をする。
自分としては 覚えたレシピと手順を忘れないうちにノートにしたためておきたいのだが その絵を見て彼はクスクスと笑うんだ…。
”ジュンは 絵が下手だね”
早朝 まだ薄暗い時間に大野の部屋を後にした松本は 結局 ”オラージュ”の従業員室で僅かな仮眠をとっていた。
頭がボーッとしてうまくまわらない。
インスタントのコーヒーを空っぽの胃に流し込んだ。
体は疲れていたが 心はフワフワとまだ夢見心地だった。
あの頃の夢を見るのは久しぶりだ…
何故今ごろ…
”ああ…そうか…アイツか…”
ふと大野の顔が浮かんだ。
親に支配されているような境遇が”彼”と重なった。
コロコロと変わる表情を思い浮かべると 相葉が”ワンコ”と呼ぶ気持ちが少しわかる気がした。
ただ ひとたび火がつくとその様子が一変する。
本人は自覚がないようだったが 本当に経験がないのかと問いただしたくなるほど妖艶で 正直あのまま果ててくれなかったら無理やりにでもこじ開けていたかもしれない。
オレはまた同じ過ちを犯そうとしているのか…？
いや…どっちにしろ もう アイツがここへ来ることはないだろう…
あんなことをしてしまったし…
「…さて…先に仕込み 始めっか…」
松本は 胸の痛みを隠すように勢いよく立ち上がった。
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作者名：hikari | 作成日時：2020年6月6日 4時
