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まだ部屋に僅かに残る甘い匂い。これも暗示をかけやすくするために使われたのかもしれない。
「狙いがわっかんねぇのがな……」
ゆっくりと立ち上がって濡れた頭を軽く振り、気味悪いとしかめた顔で部屋をぐるりと見た。
そんなに広くは無い空間。物置のような印象のその部屋には窓はなく、扉はひとつ。
きっとあの男はこの扉から出ていったんだろう、と思いながら臣は扉の前に立った。
鍵のかけられる音は聞いていた。
予想通り、ドアレバーは動かなかった。
内鍵もついていない。
だけど出るにはここしかない。
今しか、ない。
ここに独りでいるのは、やっぱり怖い。
「体当たりで、どうにかなんねーかな」
分厚そうな扉を軽く蹴ってみるけれど、手応えはない。自分じゃ分が悪いと小さく舌打ちをした。
扉にこん…と軽く額をぶつけて目を閉じる。
「頼むから開いてくれよ……」
もうこんなチャンスはないのかもしれないのに。
捕まってから随分と過ぎてしまった時間の中で、扉の向こうがどうなっているのか分からなくて気持ちばかりが焦る。
『ねぇ、開けて欲しい?』
唐突に聞こえた声に、鼓動が跳ねた。目を開き、一歩下がった臣は「誰?」と小さく尋ねた。声は少しだけ震えた。
『開けるよ、だから……』
カチリと音がした。同時に動くようになったレバーを下ろし、臣は扉を開いた。閉じ込められている自分よりも泣きそうな縋る幼い声に敵ではないと確信して、その姿を確認しようとした。意図を知りたかった。
「ちょ、待って!」
去っていく小さな影を追いかけた。
自分がどこにいるのか分からなかったし、また鬼に見つかるかもしれないとも思えたけれど、それを考えたら余計に放っておけなかった。
いくつもの階段を降り、見覚えのある景色が近づく。やがてその姿を見失った時、彼は元の場所まで戻ってきていた。
視線の先には、健二郎と最後に会話を交したあの部屋があった。そういえば子供部屋のようだと話したことを思い出す。
"だから、助けて"
鍵が開かれる直前の言葉はしっかりと臣の耳に届いていた。ここに導かれたのにはきっとワケがあるはずだと理解していた。
「大丈夫、やれる。今度こそ」
この向こうにいるのが、彼であればいい。
そうすればきっと、もう何も怖くない。
臣は、決意を固めてひとつ頷くと、子供部屋に続く扉に手をかけた。
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霙(プロフ) - かたはまさん» コメントありがとうございます!そう言ってもらえると凄く嬉しいです…!期待に応えられるように頑張りますね、これからもよろしくお願い致します! (2020年4月21日 1時) (レス) id: 1c76571629 (このIDを非表示/違反報告)
かたはま - すごい面白くて、世界観に引き込まれます!これからも、楽しみにしてます! (2020年4月18日 23時) (レス) id: 9a78e2b3a1 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:霙 | 作成日時:2020年3月3日 15時