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「やっ……た」
亜嵐は安堵に息を吐き、弾の無くなったハンドガンを捨てた。
額の汗を手で拭い、落ちたガラスを左右に足で払って道を作り、中へと踏み込んだ。
不安と期待と、いろんな感情が渦巻いていた。
近づく程に鼓動が早くなっていくのが分かる。
そっと傍に膝をついた。
「颯太……起きて。俺だよ?」
震える指でアザの残る首に触れ、"彼"の名を呼んだ。指先が感じた温もりと鼓動に、生きてることを実感してなんだか泣きたい気分になった。
よかった、と思った。
これで、助かったと思った。
颯太と話したいこと、まずは叱らなければいけないなんてことが、頭を駆け巡った。
亜嵐は忘れていた。
この狭い箱から助けることに心を傾けすぎて。
颯太に関する大事なことを、忘れていた。
だから。
待ち望んだ瞳がゆっくりと開かれ、その双眸が亜嵐を写した瞬間にどんな反応をとるのかなんて、想定していなかった。
目を覚ました颯太は、目の前に現れたものを見てヒッと喉を鳴らして息を呑んだ。
そして恐怖に目を見開き、慌てて亜嵐から後ずさった。割れていない面のガラスに背を預けるようにして、じりじりと立ち上がる。
「そう、た……?」
理解出来ず呼びかける亜嵐の声を跳ね除けるようにふるふると首を横に振る彼の瞳には、うっすらと涙さえ浮かんでいた。
震える赤い唇が、小さく言葉を刻んだ。
「いや……"犯 さないで"……どうして」
その言葉に亜嵐は気づいた。
彼に課せられたものは、作り話なんかじゃなかったという事に。
どうして、"俺なら大丈夫"だなんて、楽観視したんだろう。幻覚の前には、好きなんて気持ちが作用するハズがないのに。
「俺だよ?俺の声がわかるでしょ!?」
一度は安堵した心が逆に振れる。
亜嵐が声を張り上げると、颯太は肩を竦ませて素早く左右を見渡した。
その段階で、気づかなければいけなかった。
彼の次の行動に。
けれど颯太から心からの嫌悪の目を向けられて激しく動揺した亜嵐は、判断を鈍らせた。
「あっ……!」
颯太は白いワンピースの裾を翻すと、裸足で駆け出した。
落ちたガラスも気にせず、ただ亜嵐から少しでも遠く離れることを目指して。
──伸ばした指先は、また届かない。
「行くな!颯太!!!」
二人の哀しい"鬼ごっこ"が、スタートした。
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霙(プロフ) - かたはまさん» コメントありがとうございます!そう言ってもらえると凄く嬉しいです…!期待に応えられるように頑張りますね、これからもよろしくお願い致します! (2020年4月21日 1時) (レス) id: 1c76571629 (このIDを非表示/違反報告)
かたはま - すごい面白くて、世界観に引き込まれます!これからも、楽しみにしてます! (2020年4月18日 23時) (レス) id: 9a78e2b3a1 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:霙 | 作成日時:2020年3月3日 15時