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買ったラムネゼリーを口にする気分にはなれなかった。冷房のない場所に放り出されていたゼリーと麦茶はたっぷりと汗をかいてしまっていて、それに気が付いてAはやっと車のエンジンをつけて冷房を入れた。エアコンのレジスターからすべるように吹いた風が肌を撫でて、どうしてかぞくりと肩を震わせた。緩慢な動きで車を発進させてコンビニエンスストアから離れると、宝石を散りばめたようなうつくしい星空がAの背を押していった。
百に対して、Aから海に行こうと切り出すことはしたくなかった。それはささやかなプライドが邪魔をしている部分もあったが、それ以上に断られてしまったらと考えることがいやだったからだった。もしも断られてしまったら、あの潮の香りがさらに遠のいていくような気がしていた。断られたくなかったから、さんざん煽って煽って頃合いだと思ったところで話を切り出したかった。そうしてずっと意地を張っていた。けれども先ほどのように半ば皮肉の域にも達するようなことを言ってしまったのははじめてで、自分でも驚くくらい唐突に口をついて出た言葉だった。
「うわ、つめたっ」
意図せず触れたラムネゼリーは冷たかった。Aは路肩に車を停めて、袋からラムネゼリーを取り出してみた。ラムネ瓶に似て晴れ渡った、けれども半透明な青色が夜空を透かしていた。弾いてもあの軽やかな音は鳴らなかった。そうだ、わたしはあの音が聞きたいのだ。Aは自分の胸中にあの音を懐かしむ気持ちを見つけて、驚くとともにすとんと腑に落ちたような気がした。きっと、Aはその青いラムネ瓶にあの海の思い出を閉じ込めてしまったのだろう。耳の奥で、硝子にぶつかったビー玉がからからと笑う音と、百がぱっと笑みを浮かべたときの笑い声が重なって聞こえた。
そう勘づくと、Aにとって眼前のラムネゼリーがとびきり甘美なもののように思われた。薄情な自分がおかしくってくすくすと笑ってしまって、そのままにゼリーを平らげた。今日海で同じ色をしたラムネ瓶を想起したときに浮かべた感傷と、それが妬ましくてたまらない意地悪な気持ちをそのままに腹に収めてしまった気分になった。心がすっと軽くなって、曇っていた視界がはっと澄み渡ったような気がした。
不意に、スマートフォンの通知音が鳴った。一瞬だけびくりと肩を震わせて、けれどもAはスマートフォンを手にした。
「一緒に、か……」
画面に表示されたメッセージを読んで、Aはぽつりと呟いた。だれかの思慕が、火山みたいに爆発する日を待っている。
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