Side H ページ9
Side H .
「もぉー！！遠距離つらいっ！」
ぐすん、と鼻を鳴らしテーブルに突っ伏す今年30歳の成人男性を横目に、抜かりなく練習前のストレッチを行う。
「ねぇ照。会いたくて会いたくて仕方ない！ってときはどうしたらいいの？」
佐久間の会話はたいてい急で脈絡がない。今も例外ではなく。
こういう時は深くは考えず思ったことを口にするのがいいのも知ってる。
『明後日帰ってくんだからいいだろ。その間どうしても寂しかったらこっちのメンバーと飯行ったりして埋めたら？』
「…はぁ〜！照には分からないんだよねっ。」
自分から聞いてきたくせにその言い草はなんだ。
喧嘩ならいくらでも買ってやりたいとこだけど、生憎ダンスの振り入れ前なので余計な体力は使いたくない。
あくまでも最小限の文句に止める。
『何が分かってないんだよ。メンバーのことはなんでも理解してるつもりだけど？』
「そういうことじゃなくってさぁ〜。」
佐久間は椅子から降りて俺の横でストレッチを始める模様。
開脚前屈をしながら余裕そうにペタンと身体を地面と平行にさせ、おまけに肘をついてその手の上に自分の顔を乗せる。
少し向こうで舘さんに背中を押してもらいながら「いててて！」と叫ぶ翔太も見えて、思わず笑いそうになるのを堪える。
よそ見していた俺が気に食わなかったのか、寂しさで拗ねてるのか、佐久間は唇をぷくーっと尖らせた。
もう一度言うけど、これは今年30歳の成人男性。
『じゃあどういうこと。勝手に拗ねんなよ。』
面倒くさいのは前提として、この状態の佐久間をこのままにしておくともっと面倒くさいことになる。
康二あたりにこいつの相手を頼みたいとこだけど、残念ながら今ここにはいない。
「…照はいいよね、好きな子の隣に当たり前みたいにずっといれるんだから。」
『…は？』
「同じもの食べて同じ空見て同じ空気吸って。プライベートでも仕事でもいつでも会えるじゃん。」
『ちょっと待って、色々分かんないんだけど。まず好きな子てなに？』
「ん？」
いや、キョトンとするな。その顔するのは俺の方だから。
言ってる意味がさっぱりわからない。
佐久間とはずいぶん長い付き合いでニコイチでもあるけど、たまに唐突すぎるコミュニケーションを持ちかけられる時は相変わらず難を極める。
「ふっかのこと。」
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作者名：雪 .
| 作成日時：2022年5月5日 1時
