嗚呼、愛しい君よ【中原中也】

お風呂 ページ7

「はぁ〜極楽ってまさにこのことね」

「日に日に年寄りみてぇになってるぞ」

「なぁに？喧嘩？買うわよ」






腹も膨れて、程よくアルコールも入って、俺を背もたれに湯船を堪能するこいつはかなり眠たいらしい。


切り返しがかなり雑だ。


新しく引っ越したここの風呂は無駄に広く、しかもAは湯船につかりながら眠る癖があり、一度寝ながら沈んでいるのを発見してからは必ず一緒に入るようになった。あの時は肝が冷えた。


それに、こいつは眠たくなると無意識に自分の頬をつまむ癖があるらしく今も顔をうつむかせながらむにむにと自分の頬をつまんでいる。




可愛いものをいじめたくなるという心理が、最近よくわかってきた。




Aの顔にばしゃりとお湯をかければ、びくりと体がはねる。






「殺す」






怒り方は全然可愛くなかった。


悪い悪いと謝りながら乱雑にAの顔を拭う。


眠たい時のこいつは余裕がない。だから、いつもみたいに回りくどくなく、思ったことをストレートに答えるのだ。




あー、可愛いなぁ。




完全に俺の胸板を枕にしだしたあたりで、眺めるのをやめ湯船から引き揚げた。


口には出せない。恥ずかしいだろう。


そもそも、こいつは出会った時から「恥ずかしい奴」と言いながら自分は一切照れていなかったのだ。俺は内心心臓が口から出る思いだったというのに。




言われなれてんだろうな、と内心ひとりごちる。




当の本人であるAはそんな俺のことなんざつゆ知らず。バスタオルにくるまり、しゃがんでもうひと眠りしよとしている。






「おい、寝るな。ちゃんと拭かねぇと風引くぞ」

「んー、うん、うん」






うんうんと相槌を打ちながら、バスタオルを差し出してくるので「拭いて」という意味なのだろう。


ついついそれで拭いてやってしまうものだから、俺は相当こいつに甘い。


わしゃわしゃと頭を拭いていると、だんだんと意識が覚醒してきたのかAが顔を上げて俺の目をはっきりと見た。






「隙あり」






軽いリップ音を立てて、自分の唇に濡れたAの唇が一瞬だけ重なった。


それをした張本人はいたずらが成功した子供みたいに笑っている。


心臓に悪い。悪すぎる。


熱くなった顔を隠すように、また乱暴にAの頭を拭いた。







ちくしょう、振り回されっぱなしだ。と、その愚痴は奥歯で噛み殺した。

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