さよなら代役Ⅲ【8人目】 (ページ11)

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さよならと取り換えた愛にページ11

君の声に応えたくて【A】

今日は随分早く目が覚めた。

昨日早く寝たせいだ。
そんな分かり切ったことしか考えられない。
ツアー中は全てが矢のように過ぎ去っていく。

散歩がてらホテルを出て、コンビニに向かう。
帽子とマスクをするのはささやかな日常だが、大切だ。

とはいえ寝起きやし。
割とぼろっとしてるので自意識過剰かもしれない。

コンビニでドリンクコーナーの前に立つと先客がいた。

その女の子が飲み物を取り、急いでくれたのか
その場所を慌てたように去ろうとしてくれた。

すると遠心力が強すぎたのかぶつかった。

顔を見合わせると、その子の目は
ボタンみたいに丸くなって、カバンを落とした。

そこから団扇とペンラが飛び出す。
カバーの付けられた団扇には去年の私が微笑む。

その子は焦って挙動不審になっていたけれど、
私は嬉しくてマスクの下で口角があがってしまった。

私のファンの子って、実在すんねや。

不謹慎かもしれないけどそう思った。
こうやって日常を生きているんだ。
別にドームにだけ居るわけではないことは
もちろん、頭では理解していたけれど。

「今日来てくれるの？」

「…はい！」

「楽しんでいってね！」

目線をふと下げると商品棚の下に入り込みかけていた、
小さく平たいものが目に入った。

「これも……」

拾い上げてみると、それは学生証だった。

「あの、本人確認もあるし、昨日慌てて入れたから」

有島ゆき、という名前が学校名の下に控えめに書かれていた。

「ゆきちゃんって言うんやな」

「はい！」

「うちの、」

「…え？」

「うちの一番仲良かった子と、同じ名前」

「そうなんですね！」

「……いい名前。」

「あ、ありがとうございます！」

ゆきちゃんと会ったよ、と章ちゃんにも教えてあげよう。

ゆきちゃんが私の知らない所で生きているように
雪ちゃんも私の中で生きている。

未来は分からない。
でも私はそれが、今、楽しみだ。

生きよう。
大勢の「ゆきちゃん」が居る限り。

そのために私は代役をやめる。
そんなことは、私の悲劇のヒロインに仕立てるだけだ。

私は、本物だ。
本物になるべきだ。

その為に努力しよう。

雪ちゃんとの別れは章ちゃんとの始まりになって
私の周りにはもう偽物はない。

さよなら、代役の私。

そして……次の私、はじめまして。

fin