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逃がさないようにジリジリと坂田に近づく。彼の後ろは壁で、もうどこにも逃げ場はなかった。
観念したかのように両の腕を上げた坂田は、私から目を逸らしながらも言葉を紡いだ。
「他の人の顔を見たわけやないから、判断基準とか分からんけど…俺は、綺麗やなって思った。見たのが他のやつじゃなくてよかったし、なんならもう一回見たい」
予想外の言葉に思考が停止した。聞こえてきた言葉を何回か反芻して、やっと言葉の意味を理解した瞬間、顔から湯気が出そうなくらい熱くなった。
なに、その殺し文句。まるで、自分以外の人が見るのはダメみたいな、勘違いしちゃうじゃないか。
これ以上は私がもたないから、もう坂田が喋らないようにマスクの上から口を塞ごうと、咄嗟に手を伸ばした。
けれど、伸ばした手が坂田に掴まれてそれは叶わなかった。
意を決したかのような真剣な眼差しから、目が離せない。
「Aは”歌声も曲に込められた想いも届かない“って言っとったけど、少なくとも俺には何度も届いとる。何度だって感動するし、歌ってる時は目が離せないし、歌ってるAが好き」
次々と贈られる言葉に、今度は泣きそうになった。自分の中で完結していた思いを、こんなにたくさん答えてくれるとは思ってもいなくて。
「窮屈だと思うなら、俺がいる時はマスク無しで気が済むまで歌えばええ。ちゃんと後ろ向いとるし、誰も来んか見張るし、俺はAの歌が聞けるしで一石二鳥やん」
否定するんじゃなくて、優しく抱きとめてくれるのが嬉しくて。
「夜が明けないなら、俺がそれ以上に光を灯したる」
あまつさえ、こんな世界に価値なんてないと思っていた私に希望を灯してくれて。
「初めて会った時からAが好きです。俺と付き合ってください」
ずっと欲しかった言葉をたくさんくれる彼が、愛おしくて愛おしくて堪らない。
泣きじゃくる私に彼は慌ててハンカチを取り出して、溢れて止まらない涙を何度も拭ってくれた。
「そんなに嫌やった…？」
不安そうに聞いてくる彼に首を振った。違う。嫌じゃない。嬉しいんだよ。いい加減気づけ、この鈍感野郎。
涙と嗚咽が邪魔して、上手く伝えることができない。
だから、彼の首を引き寄せてほんの少し背伸びした。
視界いっぱいに広がる彼の瞳が大袈裟に揺らいだ。
マスク越しに初めて伝わる熱が愛おしくて、でもその壁がもどかしくて。
どちらからともなく、マスクに手をかけた。
fin.
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作者名：作者一同 | 作者ホームページ：
作成日時：2021年7月29日 22時
