【となりの坂田短編集】ハッピーエンドのその先を【コラボ企画】 (ページ29)

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「日常にさよならを」by トーストぱんページ29

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茹だるような暑い夏の日だった。

ひぐらしが鳴く夕空の中、生ぬるい風が吹く屋上で歌を口ずさむ君を見つけて、口元から目が離せなくなった。

シュッと通った綺麗な鼻筋。熟れた果実のように赤く艶のある唇。今まで見たことの無いそれがハッキリと見えた。

簡単に見てしまってはいけないのに、ましてや異性の口を見るなんて。恋仲の男女や家族だけが許されることなのに。

ひぐらしの鳴き声なんて聞こえないくらい、自分の心臓がバクバクとうるさい。

ふと君の口が「あ」と形を変えて、手の中に隠れた。俺がいることに気づいたのだと、目の前のことでいっぱいになった頭で理解した。

額からツーっと流れてくる汗を気にする余裕なんてなかった。目の前の出来事に、ただただ呆然と立ち尽くした。

「…見た？」

“私の顔”そう言ってマスクをつけた君は、今にも湯気が出そうなくらい、耳まで真っ赤に染まっていた。

ぎこちなく頷くと、君はたちまちわなわなと震えだして、俺のことをキッと睨んだ。その目には涙が滲んでいた。

あ、やってしまった。

そう思った頃にはもう遅かった。俺の横を走り抜けた君は、そのまま屋上から出ていった。

頭のてっぺんからつま先まで、急激に熱が冷えていく感覚がした。夏が始まったばかりだというのに手の震えが止まらなくて、肺が鷲掴みにされたのかってくらい呼吸がしづらくて、胸が苦しい。

なんて答えればいいかなんて分からなかった。最初から正解なんて、何処にも無かったのかもしれない。むしろ、こうなるのが必然だ。

一人になった屋上に、ひぐらしの鳴き声だけが響いていた。