社食のスペシャルランチ3 ページ3
飲みに行こうという話が出るたびにこの言い合いをするのはもう恒例行事だ。何だかんだ言いながらも入社以来ずっと付き合いのある純喜と飲む時間は気楽で、大体のところ私が折れてしまう。今日もどうせその決着だろうと思っていたのだが、にこやかに手を上げた木全くんによって話は予想外の方向へと逸れる。
「僕なら純喜くんが潰れても背負って帰れますし」
「翔也寮じゃないやん」
「え、そうなの。実家？」
「大学から一人暮らしです。最寄りは一緒だからそんなに遠くないし、純喜くん一人送るくらいへっちゃらです！」
「あんた……いい後輩持ったね。大事にしなよ」
「っていうか何で俺潰れるん決定なん！？」
純喜の遠吠えは一旦無視を決め込むものの、急遽決まった飲み会に心は踊っている。就業後の楽しみがあるのはいいものだ。会ったばかりの木全くんも一緒というのは少し緊張もするが、この子ならば大丈夫だろうと思える。
「……った、」
「どしたん？」
「や、多分、目に睫毛刺さったのかな」
普段から逆まつげ気味の私にはよくこの現象が起きる。防ぐためにメイクをする時は出来るだけビューラーで睫毛を上げてはいるのだけれど、生憎今日はいつもより寝過ぎてしまって手を抜いていた。
「見せてください」
瞬きを繰り返している内に逸れてくれたようだが、じんわりとした痛みはまだ残っている。目薬やらビューラーやらを入れたポーチはデスクに置き去りにしてしまっていて、これ以上対処の方法が無い。もう刺さらないように少しでも睫毛を上げようと指で抑えていると、正面の木全くんが顔を近付けてきた。
それが余りにも唐突で、それでいて不意に間近で見た木全くんは、バランスの取れた綺麗な顔立ちをしていて、澄んだ目と視線が交わった瞬間に心臓がどくんと跳ねた。
「ちょっと赤くなってる……Aさん、目薬は？」
「デ、デスクに置きっぱ。ビューラーも入ってるから何とかなると思うけど」
「すぐ注した方がいいと思いますし、俺取ってきます！」
そう言って木全くんは止める間もなく駆けて行ってしまった。
「翔也、ええ子やろ」
「そう、だね。素直で真っ直ぐそうだし、いい子。純喜の後輩にしとくの勿体無い」
「最後のいらんくない！？」
ふと、木全くんの座っていた席を見ると、いつの間にやら盆の上の皿は全部空になっていた。昼食でこれなら夜はもっと食べるかもしれない。
今日は間食のグミは控えよう。一人心の中で、小さな決意を固めた。
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作者名：五十鈴玲音 | 作成日時：2022年5月10日 3時
