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「戻ってきて欲しい…。まだ…好きなんだ。」
俺は俯いて声を絞り出す。
お揃いのマグカップ。あれは光が唯一買ってきた如何にもっていうペアの物で、真っ赤な耳をして「一つくらいこういうのがあってもいいだろっ」てろくに見せもせず、すぐ食器棚にしまってしまった。その時は光も可愛いとこあるなー、なんて思っただけで。
高価な訳でも、イニシャルが入ってる訳でも、記念日の思い出がある訳でもなくて、それでも光がずっと大事にしていた。
俺はそんな光をただぼーと眺めてたんだなと今になって思う。
「やぶ、おれ…ここには戻らない。」
「あ……そ…か。」
下を向いたままテーブルの上の拳を握る。
そりゃそうだ。付き合ってるときは寂しい思いさせて、俺から別れ話して…。でも…。
「裕翔と…付き合ってるのか…。」
俺だって覚悟決めたんだ。納得しないで引き下がれない。
「…やぶ、おれ、今日大ちゃんちから来たんだ。あのロケの後はずっと大ちゃんちに居候…。」
光は俺の握られた拳を両手で包むと、その手を上に向けゆっくりと開いた。
そっと俺の手のひらに置かれた鍵…。
「おれの部屋の鍵。やぶ、持っててよ。」
「えっ…、あっ…。」
頭が追い付かず顔を上げて光を見る。
「おれもやぶとやり直したい…。お、おれもまだ…その…やぶのこと……」
光の顔がみるみる赤くなる。
「す、すす、すす好きだから!」
いや、噛みすぎ。
いや、それはどうでもよくて。
「ひかる、ほんとに?」
真っ赤な光が俯いて頷く。
「ほんとのほんとに?」
「しつこい…。」
ちょっと不機嫌な振りをして上目遣いで俺を見る。
俺は立ち上がると光が座っている後ろに回り込み抱きしめる。椅子の背もたれが邪魔くさい。ずっとこうして触れたかった。
「嬉しい…嬉しいよ、ひかる。」
「ん…。」
ひかるの真っ赤な耳の縁にキスを落とす。
「ばっ、何すんだよ。」
光が咄嗟に耳を抑えて、俺の腕を振りほどこうとするのを力強く抱きしめる。
「…ひかる、こっち向いて。」
耳元で囁くと、光がびくっと肩を揺らし俯いたままゆっくりと振り向いた。
光の顎をすくって、光の唇に触れるだけのキスをする。
それだけで全身が心臓になったみたいに脈打って苦しいくらいだ。
“ひか”
頭の中の裕翔の声を振り払う。
…もう俺のもんだろ。
「……ひかる。」
マグカップ。ひかるんちの分は俺が買うから、今度は二人で大切にしよう。
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作者名:黄色の梅 | 作成日時:2019年11月19日 11時