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宏太は電話を切ると、椅子に腰掛けてため息をついた。

「裕翔、ひかるに言うってさ。」

別に聞いてないけど。
僕は特に返事もせず、勝手にコーヒーを汲む。ひかの趣味なのか、宏太の家にはさも高そうなコーヒーメーカーがあり、見た目通り美味しいコーヒーを淹れてくれる。

この部屋に泊まることも増えたから、もう豆のある場所から機械の操作まで慣れたものだ。

宏太はまだスマホを凝視している。僕はそれを横目で見て、宏太にコーヒーを淹れて持っていく。ひかとお揃いのマグカップ。その片割れはまだ棚の一番前の列を陣取っている。

僕は宏太と向かい合って座り、コーヒーを一口飲んだ。

「それで…？」

「…それでって？」

「どうしたいのかってこと。」

「…どうしたいも何も、終わったことだし。」

「……」

馬鹿馬鹿しい、茶番じゃないか。

ひかの物が溢れるこの部屋で、それらは他の誰にも触られることなく、定位置でひかに使われるのを待っている。宏太が意識的にそうしているのだ。

一度も本気で諦めたことないくせに。
一度も僕のこと見てくれないくせに。

「じゃあそれでいいよね。この話は終わり。」

僕の言葉に宏太が何か言いかけて、下を向く。

宏太には楽しいことや嬉しいことを共有する存在は沢山いるけど、弱音や怒りを見せることはほとんどない。…やっぱりひかは特別だ。

だけど、分かりにくいけど、宏太は今僕に甘えてくれている。それが少し嬉しい。

…はぁ、仕方ないから茶番に付き合ってあげるか。

宏太のつむじを見ながら言う。

「大丈夫、裕翔はひかを大事にしてくれるよ。」

宏太が顔をあげて僕を見る。

「裕翔はイケメンだし、真面目だし、何よりひかが大好きだしね。宏太はさ、別れたんでしょ？二人が幸せになるのを見守ってあげなよ。」

宏太は怒りなのか悲しさなのか、苦々しく顔を歪ませている。ちょっと意地悪だったかも。

ほんとよくそれで終わったとか言えるよね。

「宏太さ、ほんとは分かってるよね？他の誰かがひかを幸せにするなんて我慢できるの!?……まだ好きなくせに。」

あっ、ちょっと声が震えた。
でも、これは本音。ずっと宏太がひかをどんなに大切にしてきたか、たぶん僕が一番知ってるから。

宏太がひかを想うのには敵わないけど、僕だって宏太を大切に想ってる。

甘えるのも弱さを見せるのもひかにだけすれば
いい。

僕は余裕綽々で不敵に笑っている宏太が好きだから。