伊瀬谷！！！！俺だ！！！！ (ページ44)

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何てことない出来事ページ44

「あれ、浪川さん。」
「え、なんでここに居んの？」
「仕事ですよ。」

　某テレビ局の廊下を歩いていると、伊瀬谷は浪川に会った。
　声優がこうした場所で偶然会うという物珍しさに、二人して会話を弾ませる。

「Aはもう撮り終わった？」
「終わりました。浪川さんは？」
「俺も終わった、今からアニメの方の収録。」
「あぁ、私もです。」

　元々二人は現場で遭遇することが珍しく、年に数回程度しか仕事で顔を会わせることがない。プライベートで会うことも滅多にないため、二人の会話は全て仕事場のみと言っても過言ではなかった。

　互いに多忙を極めているにも関わらず顔を会わせることが無い二人は、互いを『なんかよく分からないけど仕事忙しいんだろうな』という程度にしか捉えることができないでいた。
　勿論伊瀬谷は浪川が事務所の代表取締役を務めていることは知っているし、浪川も伊瀬谷が作家としてもアーティストとしても変わらず仕事をしていることを知っている。
　忙しさの把握という点だけでは、浪川の方が理解しているかもしれないが。

　声優にも作家やアーティスト活動をしている人間は大勢いる。しかし、それはどれも声優活動及び役者活動が主軸にある。
　伊瀬谷はアーティストとして活動している人間、作家として活動している人間と同じ量の仕事をする。
　年間に数冊の小説を発行し、必要に応じてイラストの仕事を受ける。
　そしてアニメやゲームへの楽曲提供に自身の楽曲制作。
　常に何かの仕事をしているというのは、伊瀬谷をよく知らない同業者たちでも知っていることだ。

　逆にいうと、この二人は互いについてそれくらいでしか把握できていない。
　仲が良くも悪くもないというのは、いってしまえばたいした関わりがないということだ。

　伊瀬谷からすれば浪川は「デビューした頃には売れっ子だった凄い先輩」で、浪川からすれば伊瀬谷は「あっという間に人気になった凄い後輩」でしかなく、それ以上でも以下でもない。

「最近週刊誌の声優狙い酷いですし、またスッパ抜かれないようにして下さいよ。」

　からかうような口調の伊瀬谷の輕口に浪川が「うるせ」と返すと、そのまま二人は別れた。
　この後アニメの収録は互いにあるが、スタジオが違っていたためその場で別れることになったのだった。久々の会話を咲かせようにも特に話題が無かったというのも問題だろう。

　少し珍しいことが起きた、何てことのない昼だった。