本当の君は ページ16
「まぁさ、吉野には感謝してるよ。」
「なんだよいきなり」
男女が二人、自宅のソファーに並んで座っている。この状況だけ見れば週刊誌ものであるが、残念ながら俺たちの間にそんなものはない。
いや、この人間が無いように感じさせているのだ。
客観的でなくとも、伊瀬谷Aは整った外見をしているし、スタイルもいいし、基本何でもできて金も貯金もあるという非の打ちどころが見当たらない所謂理想の人物像に当てはまる。しかしながら、そんな人間と風呂上りにソファーで並んでも『そういう雰囲気』にならない。決して俺が不能なわけではない、断じて違う。俺の裕行くんはずっと現役だから、少なくともあと15年はまだ現役だから、大丈夫だから、本当に大丈夫だから。
言い訳はここまでにして話を戻すが、こいつは『身内』だと思わせる能力にたけている。恐らくは、相手の懐に潜り込み、相手を自分の味方にするべく身に着けた能力なのだろうが、それが大人になった今別の意味で自分の体を守ることに役立っているのだから、本当に頭と運のいい奴だと思う。
「ずっと私をただの子供で居させてくれて、今もただのAで居させてくれて。
兄貴分みたいに振舞ってくれて、こいつが兄貴だったらこんな事にならなかったのかな?なんて、そんなことも思ったりしたけど
あの時本当に嬉しかった。」
綺麗だなと思った。
一つ一つ言葉を紡ぐその姿が、俺を見つめるその瞳が、どこかあどけなさを感じる柔らかな笑みが。
全てが綺麗で、美しくて、全部がどうでもよくなるほどの絶対的な何かをもっていて。そんなこいつが、好きだった。
「俺もあの時助けられたし、別に気にすんな」
そう言うと、Aは「何それ」と眉を下げて困ったように笑った。
そんな一つ一つと動作に、あぁ好きだなぁと思わされるのは、俺がいい"兄貴"で居られていない証拠なのだろうか。
絶対的ななにかをもっていた。
誰にも心は触れさせず、誰もの心を覗き見て、触れようと伸ばされた手をひらりと交わして楽しげに笑う。
そんな偶像のような存在が伊瀬谷Aなのだ。
きっとこいつは俺に心を見せている。俺に心に触れてもいいのだと囁いている。
けれども、俺にはそれができなかった。
初めて会ったあの時に.その絶対的な光にみせられてしまった俺には、到底無理な話だ。
俺はこいつを正面から見れていない。
いや、見ようとしていない。
おれはずっと、こいつのステージの観客でしかない。
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作者名:志賀 | 作者ホームページ:http://uranai.nosv.org/my.php?svd=sab
作成日時:2023年3月27日 18時