あの頃の世界は ページ15
「…忘れた。もう付き合いも長いしな。」
吉野はそういってポ○リを一気に飲み干すと、少し噎せたのか隣で息を吐く。そして、そんな吉野を見ながら紅茶を啜った。
昔の私は、メディアの露出が極めて少なかった。
雑誌のインタビューは受けない、テレビは出ない、生放送も自分の作品や初出演作品であるアイマスだけ。
月3回のラジオだけが、所謂世間に見せる伊瀬谷A。
そのときは声優よりも歌手に力をいれていたため現場で他の人に会う機会も少なく、仲良くなるのなんてほんの一握りだった。
当時は今よりも遊んでいる人間が多く、現場で声をかけても誰にもなにも言われない。声優界がまだ閉鎖的なこともあってか、そんな風潮が色濃く残っていた。
今でも仕事をしている私より一回りも二回りも上の声優で、当時声をかけてきた人も何人かいた。アニメ好きが集まった場所で名前を出せば、何人かはキャラクターを思い出せる。そんな「仕事を貰えていた声優」は、比較的当時から特別に人気があった声優に比べて遊び癖があった。
当然人気があるやつも遊ぶ。というか、あいつらは金があるので結構派手に遊ぶ。
だがそういうのではなく、現場の子に手を出すことが多かった。
これに関しては私の先輩もそうなのでとやかく言うことはできない。あの人は、事務所の後輩で、尚且つ私が漫画家の妹でなければきっと私にも声をかけていたくらいにはろくでなしだ。たまたま私の境遇がよかっただけ。
何が言いたいかというと、まぁ、とにかく酷かった、当時は。
吉野も私相手には大人と子供の線引きをしていただけで、普通に遊んでいたと思う。思う、というより、社長から「あいつも遊んでる側の人間だから気を付けた方がいい」と言われていた。
声優なんてそんなもんだ。今の若手だって同業者とワンナイトなんて普通にあるし、これは男に限った話じゃない。女性声優は男性声優に比べ今の時代も上の立場の人間に舐められ、どんなに愛想をよくしても若手の男性声優と違ってそれだけで気に入られることはない。
だから私は常に権力を振りかざした。
所属レーベル、漫画家のきょうだい、漫画家・小説家という自分の立ち位置、立場のある親戚、すべての権力をひけらかしては周囲を威嚇して自分を守ってきた。
そうしていると、自分が思っていたよりもずいぶんと早くこの世界で揺るがない絶対的な立ち位置を獲得してしまったというのが、「声優伊瀬谷A」の実態だ。
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作者名:志賀 | 作者ホームページ:http://uranai.nosv.org/my.php?svd=sab
作成日時:2023年3月27日 18時