■空洞の中身 ページ2
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“なんでお前はこんなに出来が悪いの!!! 私は朝から晩まであんたの為に働いて!! ご飯作って!! 学校通わせて!! 親孝行の一つも出来ないの!!? 猿みたいな頭ね!!!”
──ふ、と不意に、キンキン響く声が頭の中に降ってきた。
閉じ込めた記憶の中の台詞だった。鍵を掛けた大嫌いな世界だった。ウロはいつも怒鳴り散らされた言葉を拾っては捨てていた。悲しかったからだ。
*
「陽は本当に頭が良いわね。将来どんな大人になるのかしら」
明るい茶髪が特徴的な若い女性は、同じ明るい茶髪を持つ自らの息子の頭を、微笑みながら優しく撫でた。息子の名を『横田 陽』といい、後に──『往生 ウロ』を名乗る少年であった。
陽の手にはテスト用紙があった。見事に丸だけが付いた満点の解答欄。ぎゅ、と少しだけ強く力を入れたのは、嬉しさを噛み締めていたからだろうか。唇を噛む様に笑う陽は、褒められた事に満足した様だった。
後からやってきた父も同じ事を言った。父は問う。「陽は将来、何になりたい?」
「僕はね…学校の先生!」
満ち足りた生活だった。花丸を付けたってお釣りが来るくらい。別に特別裕福だった訳ではない。特別何か凄い物を持っていた訳でもない。ただ、手を振られて家を出て、帰ってきたら温かい食事があって。そんな当たり前が何より幸せである事を、陽は知っていた。
陽には友達が多かった。陽の人柄の良さからだ。
陽は誰にでも平等に優しく、いつも他人を気遣う煩悩を捨て切った様な清らかな人間だった。生まれ育った環境がごく普通で幸せだったからだと、陽は思っていた。その心は正しく刀身の様に真っ直ぐに在った。しかし故に、それは折れやすく歪みやすいものなのである。
本当に最初のきっかけは、余りに小さく取るに足らないものであった。陽が初めて見た父と母の喧嘩の理由は、『帰りが遅い』だった。
ここの所出張が多く、父は満足に休む事も家で過ごす事も出来ていなかった。しかし忙しかったのも事実。営業成績No.1を争う大手取引先との契約。自分の為にも会社の為にも、何より家族の為にも。ここを逃す訳には行かなかったのだ。
父と母が離婚した後で、父からそう話された。二人だけで食べに言ったファミリーレストランでの話だった。
陽が中学二年生の時の事だった。あれから小さな事柄一つ一つで、その亀裂を深めていった二人は、母の「アンタなんかと一緒にならなければ」という台詞で終焉を遂げた。終焉は静かだった。
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くろせ(プロフ) - しまえながさん» ありがとうございます! 是非描かせて頂きます! (2019年11月11日 21時) (レス) id: 172c2d6dd4 (このIDを非表示/違反報告)
しまえなが(プロフ) - こんにちは!派生作品おめでとうございます!よろしければ、ウロくんと梓のツーショットのイラストなどお願いしたく…!また、今日からまた浮上できますのでまだ結べていない方との関係も結ばせていただきますね。 (2019年11月10日 12時) (レス) id: fc59f5796d (このIDを非表示/違反報告)
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