ページ ページ2
*
ノックが聞こえた。「ロキ？」そこにロキがいるか確かめるように聞く声は、ロキの強ばった顔を笑顔にした。トールだ。
部屋に入ってきたトールは、ロキの隣に並んで、窓の外を見る。トールは驚いた顔をする。
「うわ、やっぱり何度見ても凄いな、この人の数。あの人達、昨日の夜からいい場所とる為に座って待ってたんだってさ。まだ夜も冷える季節なのに。ニュースも、ロキの戴冠式の事ばっかりだったよ」
「うん…、この人集りの中をパレードするとか、ちょっと緊張するな」
「大丈夫、ロキはパレードの間は座ってるだけでいいからさ。あんまり緊張するなよ。…あ、朝食できたって呼びに来たんだった。ロキ、行こう」
「…ああ」
部屋を出るトールに続いて、ロキは街から逃げるように窓に背を向け、部屋を出た。
戴冠式の衣装は、装飾が多かった。布は重たく、胸には沢山の勲章がついている。仕立て屋だって、こんな小さい軍服を仕立てる事になるなんて思いもしなかった事だろう。
ロキは手袋を嵌めた。側近が、これまでに無いくらいに、丁寧にロキの髪の毛を整える。曰く、「国中が注目なさっていますから、ロキ様がお恥ずかしくないように、私達も腕を振るわねばなりません」と。髪の毛をセットしたのは初めてだった。前髪が無くなって落ち着かないが、「あまり髪の毛を崩しませんよう」と念押しされた。
側近達が出ていった後の部屋で、鏡の前に立つ。
そこには、一人の少年がいた。背伸びしたように髪をセットし、とってつけたように軍服を着た、幼さの残る少年が。自分で見たって、皇帝には見えなかった。
ロキはかつての父の部屋に走った。そこにはもう家具しか残っていないが、父の面影を求めた訳ではなかった。
入り口近くに立つと、ロキは片膝をついて跪く。右手を左胸に置き、左手は腰の後ろへ。深々と頭を下げ、ロキは目を閉じたまま、胸に人差し指を立て、ヘルスルスタヴルという模様を書いた。祈るように手を組む。
「ルーンよ、我に力を与えたまえ。ルーンよ、敵に破滅を与えたまえ。ルーンよ、勇気を我が手に与えたまえ」
気休めにさえならない、とロキは思った。北欧神話が信仰対象となるこの国では、王族が北欧神話について深く学ぶのは当たり前の事である。ついこの間もユグドラシルに祈りを捧げに行った。
ロキは、目を開けた。知っていたからだ。
ルーン魔術に頼っても、オーディンに祈っても、きっとこの恐怖からは解放されない。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 11人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
