+ 手套を脱す ページ1
*
“改めて初めまして、烙飛! 握手をしよう! 手袋着けたままで悪いけど”
ふ、とそんな明るい彼女の声が、頭に降ってきた。
ジーナはその大きな口を船の様な形にして、綺麗な歯を見せ付けるように笑った。手袋を嵌めた右手を差し出しながら。
「烙飛! 何ボーッとしてんだよ時間制限あんの分かってんのか!」
「え? あ、ごめん分かってる」
烙飛は同じファッションクリエイト学科の友人に叱られて、やっと現実に帰ってきた。
時間制限付きで、服にレースを付けたり飾りを作ったり等の加工を加える授業の真っ最中。襟に洒落た刺繍を縫うペアに適当な返事を返して、自分の手元に目を向けた。
袖の端をなぞる様に縫っているリボン。「集中しないとなあ」と息を吐く様に呟いて、烙飛は器用に手先を動かし始めた。
「烙飛とペアで良かった〜。ホント裁縫とか細かいの得意だよな」
「細々した作業の方が性分に合ってるって言うか。ドカンと一発! よりコツンをいっぱい、みたいな」
「でもそんな感じするな。目立ちたがり屋って感じじゃねーし。烙飛も髪染めろよ〜ラベンダー色とか似合いそう」
「無理、俺この黒髪と一生歩んでくって決めたから」
「何その謎の決意。あ、俺ここまで。じゃあな〜」
無事時間内に服を完成させ、烙飛とそのペアの青年は帰路についていた。とは言え時間ギリギリだったので、完成したのは烙飛の裁縫の技術のお陰とも言えよう。
髪の染色もメイクもカラコンも、皆自由なファッションクリエイト学科では、黒髪のままの烙飛は珍しい方だった。日の暮れた闇の中でも目立つ、シルバーに髪を染めた彼を見送って、烙飛は横断歩道のボタンを押した。
住んでいるアパートに向かう途中、工事現場を通った。工事現場の機器はもう動いていない。光る赤い棒を持った男性が、向こうへ歩いていった。
何作ってんだろう。そう思いながら薄い白い壁を見ていると、ついさっき思い出していた明るい声が聞こえてきた。どうやら自分の名前を呼んでいる。「おーい、烙飛〜!」
「ジーナさん。ここで働いてるの?」
「そ、奇遇だね」
「ジーナちゃん彼氏か〜?」
「違うよ!」
「全然違います。ジーナさんが彼女とか身に余る」
ちょうど帰るとこだったんだ、一緒に歩こうよ。そう言ってジーナは笑った。特に用事も無いし、断る理由も無い。
何故かニヤニヤ笑う工事現場のおじさん達に首を傾げつつ見送られて、2人で夕方の街を歩き始めた。
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