□ 第10話 ただいま □ ページ10
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「全くさーただいまの一言でも言ったらどうなの?」
「(
「聞いてる?」
「ただいまなんて言ったこともねぇわ」
不貞腐れた顔でケーキを食べ進める千秋…の側にある大皿には先程までショートケーキがまるごと置いてあった。バラトも後で取り分けて自分も食べようと思っていたのだがこの様である。一体今にもポッキリ折れそうなその腕や腰や華奢な体の何処にその大きなホールが入っていったのだろうか。
ただいまを言えと言われても生まれてから一度も言ったことなどない。これは本当なのだ。ただいまどころか行ってきますすら。幼い頃のバラトと言えば家から出ることなどほとんどなかった。「外は危ない」「だからお家で遊びましょう」何が嫌って外で遊べないのが嫌だった。そんなことを考えていることも知らず千秋は上から目線で説教する。
「言ったことないわけないでしょ」
「家に誰もいないのにただいまとか言ってる方がヤバい奴だろ」
「私がいるじゃん」
「…あ?」
「私がいるじゃん。この部屋。私が帰りを待ってるじゃん」
千秋の小さな口からぽろっと飛び出し自分の元へ転がってきたその言葉に、バラトは目を見開く。千秋は顔色変えることなく真っ直ぐな瞳で、真っ直ぐなのに包み込むような瞳でバラトを見つめた。バラトはこの時千秋に対して小さな恐怖を覚えた。その丸っこく子供のような純粋無垢な青に自分丸ごと呑み込まれるようで。まるで海だ。
「…誘拐されてるのに待ってるとか呑気かお前」
「う、うるさい! これは…あー…何て言うんだっけ…その」
「取引」
「そう取引。取引なのよ。だからそのあの」
「モジモジすんなうざってぇ」
「…っとにかく、ただいまは帰る場所で待つ人の為にあるの。だから、あんたも言って」
「…はぁー…嫌だっつって…」
「言って」
一生懸命言葉を選び紡ぐ。そんな千秋がバラトには生まれたての小鹿のようでならなかった。震える足で不安定なこの世の中に必死で立っている。生きるか死ぬかの狭間をさ迷っている穢れなき弱者だ。その弱者を傷付けたのは歪んだ正義や快楽を振りかざすこの世界であり、憎くて仕方がない世の中だった。
そんなひ弱で少し押せば倒れてしまいそうなのに自分を睨んでやめない千秋を見て、バラトは深く溜め息を吐いた。「お前みたいな奴は嫌いだよ」心底嫌そうな顔で千秋にデコピンすると、なんともない顔でバラトは言った。
「ただいま」
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くろせ(プロフ) - 漣さん» ほんとですね!誤字報告ありがとうございます!訂正致します! (2019年4月2日 17時) (レス) id: 09d294978c (このIDを非表示/違反報告)
漣(プロフ) - いつも更新楽しみにしている者です。42話の「ステラは別の本物と思われるダイヤモンドを取りだし、そのまま逃げ出した。」という文章なのですが、デウス君ではないでしょうか?勘違いでしたらすみません!コメント失礼しました。 (2019年4月2日 17時) (携帯から) (レス) id: b835eb55b1 (このIDを非表示/違反報告)
飴ん子(プロフ) - くろせさん» ああ、そうでしたか。すみません!!! 了解です、その機会があれば、またコメントします。バラトニキと千秋ちゃんがすこなのでお気に入りに登録します。改めて失礼しました。 (2019年4月1日 14時) (レス) id: 1a98819731 (このIDを非表示/違反報告)
くろせ(プロフ) - 飴ん子さん» すみません、今はキャラクターは募集しておりません…。また続編とかで募集すると思うので、その時までお待ちくださいませ! (2019年4月1日 13時) (レス) id: 09d294978c (このIDを非表示/違反報告)
飴ん子(プロフ) - 素敵な一次創作ですね…!バラトさんすこ。(唐突) この素敵な企画に是非ともキャラクター提供したいのですが、どうでしょうか? (2019年4月1日 11時) (レス) id: 1a98819731 (このIDを非表示/違反報告)
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