初心な僕らは恋を知らない (ページ4)

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長尾side

高速を走らせて30分ぐらい経った頃、
続いていた短い言葉のやりとりも少しずつ減っていって、車内はエンジンの音だけになる。

でも別に、沈黙が気まずいとかじゃなくて
その沈黙も含めて、Aさんのことが好きやと思った。

喋らなくても居心地がええなんて、熟年夫婦みたいちゃう？って思ったけど、
よう考えたら丈橋は楽屋でもずっと喋っとる。

まぁ、Aさんと俺のバランスがこれなら、これもこれでアリやんな。

そんな気持ちで、少しだけ目線をAさんの方に向けると、Aさんは伏し目がちに高速道路の路肩を眺めていた。

オレンジ色の街灯がリズミカルに、Aさんの鼻筋に影を落とす。

よくAさんは「長尾くんは鼻が綺麗で羨ましい」って言うけど、Aさんの鼻だって綺麗やと俺は思う。

俺は、Aさんが好きやと言ってくれるから、自分の鼻も顔も好きになったんやで。

Aさんが好きでいてくれるから、自信を持って自分で自分を好きでいられる。

毎分毎秒、こんなふうに俺の頭の中はAさんのことでいっぱいなんやけど、Aさんはどう？

Aさんの頭の中も、俺でいっぱいやったら嬉しい。

そんなことを思って、バックミラーに映るAさんに目をやると、Aさんが取り澄ました表情を崩さないまま、あくびを噛み殺しているのが見えた。

長尾「寝ててもええんやで？」

「……運転してくれてるのに、寝るなんて酷い人だと思ってる？」

長尾「んーん、思ってへんけど。Aさんの寝顔見たいし」

「………絶対寝ない」

長尾「ふふっ、Aさんが寝るまで、俺黙っとこ〜」

そんな軽口を叩くと、Aさんは一度キッと俺を睨んでから、柔らかく笑った。

その数分後、車内はエンジン音と
Aさんの小さな小さな寝息で包まれた。

ほとんど車通りのない深夜の高速道路は、なんだか深海みたいで、世界には俺とAさんと俺しかおらんような気分になる。

Aさんは、キスで目覚めるような人じゃないけど、大切な自分の歌声を捨てても両脚を手に入れて歩き出すような人やから、
俺はAさんのそういうところが好き。

そんなことを考えながら、
俺は、Aさんと出会った頃のことを思い出していた。