vol.59 ページ17
side 伊野尾
長い夢を見ている気がした。
それが夢なのか現実なのかは分からない。
だけど、現実にしてはどこか夢みたいで、夢にしてはどこか現実的だった。
ふわふわと宙を漂う感覚。
目を閉じると薮の笑顔が浮かんだ。
フラッシュバック、と言えばロマンチックで響きがいいけれど実際にはそんなものじゃなくて。
逆に走馬灯、と言えば何だか少し不吉な感じがして。
……あぁ、そうか。
俺は―――
・
・
眩しさに思わず開いた目をぎゅっと閉じた。
雨が降っていたはずの空は、彼が大好きな快晴で。
「……薮。」
喉から精一杯の声を出して、彼の名を呼んだ。
自分でも無意識だった。
だんだんと眩しさにも慣れて、彼の顔をはっきりと捉えた。
驚いた表情でこちらを見る。
その呆然とした表情につい笑みがこぼれた。
「慧?」
反対側には両親が座っていて、俺が微笑むと二人とも良かったと笑い返してくれた。
すぐに先生に知らせる、と二人は席を立って病室から出て行ってしまった。
その後ろ姿を眺めて、ぼんやりと閉められた扉を見つめる。
「おはよう。」
「……おはよう、薮。」
彼の声を聞いて、やっと安心できた。
まだどこかでこれは夢なんじゃないか、覚めない夢の中にいるんじゃないかと不安だった。
だけどもう大丈夫だ、ここは現実。
ちゃんと戻ってこれたんだから。
「空、晴れたんだね。」
「うん。絶好の『青空日和』だよ。」
二人の視線がぶつかって、ニコリと微笑む。
こんな日が来ることをあの時の俺は想像できただろうか。
「ありがとう、薮。」
「こちらこそだよ、伊野尾。」
指先だけのメッセージが曇り空に虹を架けて、二つを一つに繋いでくれた。
もう大丈夫だよ、もう何も心配しなくていいよ。
入院した時からずっと見守ってくれていた両親。
研修医ながらも俺の為にたくさんお世話してくれた高木。
社会人になって忙しいのに時間が出来れば会いに来てくれた大ちゃん。
それから、俺に生きる希望をくれた薮。
俺が邪魔な存在じゃないって教えてくれた皆に、感謝の気持ちを伝えたい。
言葉では上手く言えないし、手紙でも上手くまとまらない。
それでもたった五文字の、感謝を伝える言葉がある。
「ありがとう。」
室内にはっきりと響いた俺の声。
曖昧なんかじゃない、ちゃんと俺はここに居る。
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天凪(プロフ) - Blue Whiteさん» たくさんの嬉しいご感想ありがとうございます。そんな風に思っていただけるだけでも幸いです。お礼を言うのはこちらの方です。本当にありがとうございます、これからも頑張りますので応援よろしくお願いします。 (2017年9月9日 0時) (レス) id: a99f998358 (このIDを非表示/違反報告)
天凪(プロフ) - blue catさん» こちらこそ素敵なご感想ありがとうございます。最後まで読んでくださって、更にはご自身の体験に重ねて考えていただけるなんて本当に光栄です。このお話が何かのきっかけになれば幸いです。応援しています、頑張って下さい! (2017年9月9日 0時) (レス) id: a99f998358 (このIDを非表示/違反報告)
Blue White(プロフ) - はじめまして。このお話はすごく文章が綺麗で、物語にのめり込みながら読んでいました。とっても感動できる作品でした。「ありがとう。」って言いたいです。これからも頑張ってください。応援しています。 (2017年9月7日 18時) (レス) id: 96f5815679 (このIDを非表示/違反報告)
blue cat(プロフ) - 本当に感動しました!!私自身、ずっと”才能”という言葉に囚われていました。今でも、逃げてしまいたくなるくらい、泣きたくなるくらい、周囲との力量の差を感じることがあります。でも、この小説を読んで自分の気持ちと向き合おうと思いました!有難うございました! (2017年9月3日 20時) (レス) id: 2b68782549 (このIDを非表示/違反報告)
天凪(プロフ) - くるみさん» お返事遅くなってすみません…!嬉しいご感想本当にありがとうございます。皆様の応援あってこその作品でした!またいつでも覗きに来てくださいね! (2017年6月6日 18時) (レス) id: a99f998358 (このIDを非表示/違反報告)
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