食事 ページ9
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「お名前を、伺えたという事ですか?」
「あァ」
「まあ」
胡蝶はまた目を見開いていた。無理もない、自分には何も意思表示をしなかった彼女が自分の名前を言ったんだ。
「とりあえず、点滴だけでは十分な栄養は取れません。食事をとってください」
胡蝶はそう言って持ってきた食事を彼女に見せた。彼女は食事をチラッと見たがまた目を逸らした。
「飯だ、食えるか?」
俺は静かに彼女に話しかけた。彼女は俺の声を聞くと俺の方へ顔を向けた。
「…」
しかし頷かなかった。首を縦にも横にも振らなかった。
「…此処に置いておきますね。えーと、」
胡蝶は近くの机に食事を置いた。そして戸惑ったような素振りで俺を見た。
「…薊美Aだ」
俺は彼女の代わりに彼女の名前を言った。
「そうですか…ではAさん。食事をとって下さいね?」
彼女は何も言わなかった。胡蝶と目を合わせる事はなかった。もう俺の方にも向かず、黙って下を見つめていた。
「…」
三人の間で暫く沈黙が続いた。その沈黙を破ったのは、俺だった。
「A、俺と胡蝶は一旦この部屋を出るから、お前は此処にある飯を食っていてくれ」
そう言って椅子から立ち上がった。目を合わせようとしない彼女は下を俯いたままだったが、俺は彼女の両頬を優しく両手で包んで無理矢理顔を俺の方へ向けた。
「不死川さん…!」
胡蝶が俺を止めようとしたが俺は構わず彼女の眼を見つめた。吸い込まれそうな優美な瞳を見つめながらもう一度口を開いた。
「飯、食えよ?」
少々手荒な真似をしてしまったと、我ながら少し反省をしている。しかし今此処でこの行動を取らなければ彼女は多分…いや絶対、食事を取らないだろう。俺がそう言うと彼女は驚いた様に薊色の瞳を見開き、そして小さくコクリと頷いた。
「よし」
俺は彼女の頷きに満足して笑い、手を離した。優しく触ったから痛くはなかっただろう。驚かせてしまったが。隣の胡蝶にギロッと睨まれたのは彼女のいる部屋を出て扉を閉めた直後の出来事であった。
「無理矢理女の人の顔を掴むだなんて、流石にやりすぎです」
「掴んだつもりはねェし…それにああでもしねぇと多分食わねェだろ」
「…まったく」
溜息混じりの声と共に、胡蝶は「まあ今回ばかりは助かりました」と言った。なんの事だか分からない俺は黙っていたが「貴方がいなければ彼女の名前すら分からないままでしたから」と、胡蝶は言ったのだった。
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ほわ - はじめまして!読むの楽しいです!!もしかしてDECO*27さんの依存香炉の歌詞引用されてますか!?!? (2021年3月12日 10時) (レス) id: 67e3028028 (このIDを非表示/違反報告)
いくま(プロフ) - 芋けんぴさん» コメントありがとうございます。不死川さんのキャラ、書きやすそうで意外と書きにくい、掴みどころや考えてることが分からないような、、、そんな事をいつも考えながら書いてます笑作品を褒めて頂き嬉しい限りです!これからもこの作品をよろしくお願いいたします! (2021年1月18日 20時) (レス) id: de9f3ec973 (このIDを非表示/違反報告)
いくま(プロフ) - 光華さん» コメントありがとうございます。確かに…共通点多いですよね、、、その姿にいつの間にか惚れてしまったのかもしれません…!もうすぐ続編へと移行しますので次の作品もよろしくお願いいたします! (2021年1月18日 20時) (レス) id: de9f3ec973 (このIDを非表示/違反報告)
芋けんぴ(プロフ) - 初コメント失礼します。私も鬼滅だと不死川さん推しです。不死川さんのキャラを殺さず、丁寧に物語を紡いでいるところにとても惹かれました!今から続きを読ませていただきます!! (2021年1月18日 1時) (レス) id: e6e71631e0 (このIDを非表示/違反報告)
光華(プロフ) - はわわわ 感激です! 鬼滅だったら不死川さんなのわかります!護る為に大切な人を突き放すところとか何か共通点があって土方さんと似てないけど似てるんですよね。(結局垢名前垢と同じ) 作品更新応援してます! (2021年1月17日 17時) (レス) id: a571740452 (このIDを非表示/違反報告)
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