i・ko・i [12/25更新] (ページ8)

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先に降りてろと言われ、鍵を返しに行った櫻井くんとオフィスビルのエントランスホールで合流する。

私の歩調に合わせて少しゆっくり歩く櫻井くんは何も話さない。
でも私に視線を向けて、何度か"こっち"って声を掛けてくれる。

和食ダイニングと書かれたお店のドアを開けて無言で先に私を通し、二名でお願いしてた櫻井ですって名乗ってる。いつの間に？って、私がメイク直しをしてた時か。

半個室に案内され、各々コートを掛けて腰を下ろす。

ここの薬膳粥、めちゃ体に優しいんだよ。オレ、料理出来ねーから、体調崩すといつもココでさってメニューを渡してくれる。

オーダーを済ませると、今日のＭ社、有り得ねーわって櫻井くんが口を開いた。

今の担当者が入院したから元担当者が急きょ対応するって報告、打ち合わせの前に取り急ぎ連絡で済ませりゃいいだろうに、わざわざアポ無しで来る必要ある？って。

その挨拶回りをしてるって、あの人達も自分達の仕事を止めてるし、オレも藤野も本来の業務が中断したワケでって。・・・私、そのせいで更に仕事止めちゃったけど。

ま、効率とか手間や無駄に対する認識が足りないってマイナスだな、ちょっと対応に注意しとかねーとって、"仕事が中断した"から止まることなく話題を遠ざけてくれた。

櫻井くんの話し方は無駄がないし聞き取りやすいし、声がいいって誰かが言ってた事をふと思い出す。

確かに、頭の出来や顔だけじゃなくて声もいいんだよね、落ち着く音域っていうのかな、なんて思ってたら、運ばれてきた薬膳粥に手を合わせて口を付けて"あちっ！"って(苦笑)。

ついつい子供みたいって笑っちゃうと、おまえも食えよ、冷めるぞ？って。そこまで熱いなら、大丈夫じゃない？って返すと、あ、そっかって櫻井くんが笑う。

それからは空気が重たくならない程度に取り留めのない話をぽつりぽつりと話して、ゆっくりと時間を掛けて、何とか少なめでオーダーしたお粥を完食してお店を出る。

レジの前で外出てろって私を遠ざけて、あっさりと支払いを済ませてくれた櫻井くんに"ありがとう、ご馳走さまでした。今度、私がお昼出すね"と言うと、"オレ、藤野のそういうとこ、すげー好きなんだよな"って。

無駄に食い下がらないし、かといって奢られて当然って顔もしない。素直にお礼が言えて、次は自分がって気も遣ってくれる。奢った側は気持ち良く帰れるよって。

改めて言われると照れる(苦笑)。