サッカーと大罪人とお好きな松とヒーローと【短編集】2 (ページ6)

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「どうしたの？」

Aは目を丸く見張って振り返ると、首を傾げて僕の顔を覗き込む。

だが『行かないで』と正直に伝える勇気の無い僕は黙って俯く事しか出来ない。

「…ねぇ、良い物あげようか？」

「…え？」

暫く黙っていると、Aは不意に優しげな微笑みを浮かべて僕の隣に腰を下ろした。
そして彼女はポケットから何かを取り出すと
その包み紙を開いて僕に見せつける。

「…ガム？」

「正解」

指に摘まれた薄紫色のソレを言い当てれば、Aはニコッと笑って俺の口元に押し付けた。

「今度から噛む時は爪じゃなくてコレ噛んで？
これなら美味しいし、痛くないよ？」

「いらない」

ズイズイ押し付けるが、僕はそれを押し返して膝に顔を埋めた。

ガムなんて噛んでるうちに味無くなるし。それに高いし。
そんなの噛んでたら猫の餌買ってやれないじゃん。

暫くしつこくガムを勧めて来たが
やがて諦めたのか彼女は小さく溜息を吐いた。

それを聞いて僕は恐る恐る顔を上げる。

と、次の瞬間

「…っ…！？」

目の前に、Aの顔があった。

唇には柔らかく、あたたかい感触。

それがキスだと理解するのに少し時間が掛かってしまった。

「ふふっ」

やっと理解した頃には僕の口の中に何かが入り込み、離れたAが満足そうに笑う。

口の中に入った何かを舌で転がしてみると、ソレは微かに葡萄の味がした。
歯を立てて噛み砕いてみれば、ソレからじんわりと甘さが口いっぱいに広がっていく。

「…なんで」

「だって包み紙開いちゃったんだもん。勿体ないじゃん？」

「そうじゃなくて、」

『何で、俺にキスしたの？』

震える声で彼女に尋ねるとキョトンとした顔をした後にまた笑った。

そして柔らかく微笑んで、Aは言った。

「一松が好きだから」

「…はっ…」

自分の耳を疑った。

でもAは笑顔を崩して真剣な顔になって
僕の手を取って、手の甲を大事そうに撫でた。

「…意味、わかんない」

「だよね。私もわかんない」

「何それ…」

言った後、Aは肩を竦めて苦笑。

でも彼女の気持ちは本物…だと、思う。

「…ねぇ、」

「何？」

「…もっかいして」

少し間を開けて、僕は声を絞り出すようにそう言ってみた。

するとAはクスッと笑った後、俺の肩に手を置いて微笑んだ。

「＿＿そしたら、爪もう噛まない？」

僕が頷くと同時に、Aの唇が僕の口を塞いだ。