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29話 ページ29

錆兎side

「錆兎、素直じゃない」

Aと別れてから暫く経ったあと、あいつが友達だといっていた、炭治郎という男を真菰と見に来ていた。

「何の話だ」

「もう…」

Aと出会って、久しぶりに、真菰や仲間たち以外と話しをした。

そのせいか、俺は昔の事を思い出して、懐かしみ、彼にそれを重ねてしまっていたのかもしれない。

文字を教えあったり、魚を釣ったり、握り飯を一緒に食ったり、焚火を囲んだり。

すべてが懐かしい、すべてが温かく、その全てが愛おしい。

俺にもこんな風に思っていた頃があったはずなのに、いつからそれを忘れ、彷徨っていたのだろう。

この温かさを一度手にしたら、手放すのは容易くはない。

それを失うかもしれないと知れば、人はそれを守りたくなる。

たとえそれが相手の心に傷を負わせることだとしても、失う痛みに比べれば…。

「うああああっ!!」

炭治郎という男が罠を避けながら坂を下っていくが、走っているよりも、転がっていると言った方が妥当か。

「炭治郎が死んじゃったら、Aが悲しむね」

そうだな。

悲しむだろうな。

「Aが死んじゃっても、炭治郎が悲しむね」

そうだな。

「あいつに会わないといいな…」

……

あいつ……。

真菰のその言葉に、俺は手を強く握りしめる。

「ねえ、錆兎、Aの事気に入ってるんでしょ?頭撫でてたもんね」

突然の真菰の言葉に、鼓動が高まったが、彼女は茶化している訳ではないようで、普段通りの落ち着いた声で話をつづけた。

「無事に、帰ってくるといいね……、もしも炭治郎がつまづいたら、支えてあげよう?Aの分まで」

……ああ、そうだな…。

あの顔がもしも悲しみに歪むのだとしたら、俺はどうにかなりそうだ。

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作者名:矢月 | 作成日時:2020年2月15日 13時

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