お人形さん (ページ2)

今日:2 hit、昨日:0 hit、合計:160 hit

二　ページ2

―少し肌寒い。ノースリーブのパーカーなんかで来るんじゃなかったな……
　私達の行く先を阻むように立ちはだかる高い木々を見上げながらのんきにそんなことを考える。

「で、そのお市様の怒りを鎮めるために村の中で一人「お市」」という偶然にも名前が同じ女の子を生贄に捧げたらしい。そして今は、その生贄になるために殺された「お市」が新しい「お市様」として、ある旅館の中をうろついているらしい」
　すべて話し終わった後で淳が煙草に火を付けながらちらりと目線を香川に向けながら聞いた。

「なんで旅館にいるんだ？」
「お市様の家がそこにあったんじゃねえの？」
　淳の問いに香川が肩をすくめて「知らね」と面倒くさそうに答える。その態度が気に入らなかったのか淳は煙草の煙を吐きながら舌打ちをした。

……
　しばらくその旅館を目指して歩いていると、私達に灰色の髪のしわがれた声の老婆が声をかけてきた。
「お前さんたち……もしかしたらお市様の旅館に行くのかい？」
　優し気な声色だったがしわがれた声に、里香は驚いてさらに私の腕を抱きしめる力を強めた。

「ええ。それが何か」
　香川が目を丸くしながら老婆に尋ね返す。老婆は香川の言葉に目を伏せた。どうかしたのだろうかと尋ねようとしたときに私の問いをかき消すように口を開いた。

「お市様は目が見えない。そのかわりに空気の流れ……つまり人の呼吸で何がどこにいるのか正確に分かる。もしもお市様を見かけたら、すぐに息を止めることじゃ」
　驚いた。私はてっきり私達を驚かせてその旅館を行くのを止めようとしたのかと思った。逆にお市様と会った時の対処法を教えてくれるとは……

「はぁ、どうも」
　軽く会釈して私達はそそくさとその場を去った。よくわからない老婆だ。

　四人で顔を見合わせ、首をかしげる。……なんだったんだろう。

　さらに歩くと小さな旅館が見えてきた。既に人はいないらしく、壁には蔦が自由に伸びているうえに手入れされていない。如何にも、という感じだ。

―あまり考えたくはないが……まさかのことがあるかもしれない。

「おい、念のため固まって行動したほうが良い。もしかしたら何かあるかもしれない」
　旅館からただならぬ何かを感じ、私は全員に提案する。しかし、
「お前まさかお市様のこと信じてんの？ある訳ねえだろそんなもの」
と香川に嘲笑われた。私は子供のように「もしかしたら……」と一人呟く。そんな私を置いて三人はさっさと前に進み、玄関を開ける。