018 - 転覆 ページ18
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晴れ渡った空の下、船は突如として発生した高波に見舞われ転覆した。
水面で弾けるために昇っていく光はなかなかに綺麗だったが、残念なことに、そんなものを感嘆している余裕は私にはなかった。
水中で動かした腕は船底を引っ掻くだけ引っ掻いて、僅かな抵抗を伴って音のない音を立てる。口から細く二酸化炭素を吐き出し続けているのは、この体に染み付いている水中ならでの呼吸法だった。訓練万歳。しかし、すぐに溺れることはなくても長くは保たないだろう。
どこもかしこも生温い水で、纏わりつく重さが呼吸器系を侵食していく。能力者でもないのに海面に顔を出せずにいるのは、うまい具合に私の真上を陣取ってしまった船が至極邪魔なせいだった。
そして、海底から迫る"あるもの"を見た。
本来そこにあるはずの頭部を斬り落とし、その断面にノコギリ状の歯を無理やりくっつけたような醜悪な怪物。高質な鱗や甲殻は持たないが、そのぶん表面の皮膚が分厚く丈夫なのだろう。
光の屈折率が低くなる水中で、それだけ鮮明な映像が網膜に映し出される理由。それはその怪物が視界全体を覆い尽くすほどに巨大であり、なおかつ捕食せんとして大口をただっぴろげ、至近距離にまで迫ってきているからだった。
瞼を持ち上げると、鼻先が触れそうな距離に知らない人の顔があった。目が合うなり化け物が出たみたいな頓狂な声で叫ばれたので、私はかえって冷静になった。とはいえ、意識の半分くらいは温かい泥のような無意識の領域に留まっており、ここまでの出来事が全て前世の記憶であるかのようにぼんやりとしたままであった。
どこか夢心地で上身を起こすと、毛先から顔全体を伝って水滴がぱたぱたと散って、甲板に斑点模様を散らした。現実を現実たらしめるのはいつだって痛みだ。肩の傷が海水に浸され開いてしまったらしいので、起き上がることを諦めてもう一度横になった。
手首のリボンに挟んでおいたビブルカードは、流されることなくそこにあった。
「目が覚めましたかい、姐さん。驚かしちまってすまねえ」
「よかった、ちゃあんと生きてましたね!」
船には不良少年がそのまま歳をとったような風貌の男が2人。大漁旗を掲げるからには漁船なのだろうが、なぜか大量のライムが積んである。付け合わせ?
「あっしはヨサク!そんで」
「おれはジョニー!アンタは?」
『…うう』
塩辛さに痺れた唇が、言葉にならない言葉を形成した。
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しらたき(プロフ) - 応援してます! (2022年9月24日 17時) (レス) @page14 id: 6b6a37760c (このIDを非表示/違反報告)
月花(プロフ) - めちゃくちゃ好きです。(唐突) (2022年9月20日 19時) (レス) @page8 id: d0a5d42c58 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:もぬん。 | 作成日時:2022年9月19日 3時