016 - 宿泊 ページ16
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「もう二度とお前に手出ししないよう約束させたんだ。他に望みはあるか?」
驚いて顔を上げると、エースはまっすぐにこちらを見ていた。あまりにもあっさり、なんてことないように言いのけられたので、意味を理解するのにやや時間を要した。
理解して、遅湧きの淡い喜びが胸に通う。
『舟、と
『この島から出ていくための舟と
「だとさ。聞いたろ?言うとおりにしな」
にやりと笑い飛ばして、話は終わったとばかりに男を放り捨てる。それを合図にしたように、鶏を散らしたみたいな慌ただしさで、動ける者たちが動かない者たちを回収していった。
いずれ道具や食糧を抱えて戻ってくるだろう。
拳を携えて、よたよたとエースに近づいていく。
一発殴ってやろうとゆるく振りかぶったそれは、エースの拳に迎撃されて軽い音を立てた。それだけで、あってないも同然だった怒りの感情は急速に萎んでいった。
急な脱力感は疲労からか安心からか、吊っていた糸を切られた人形さながら、制御の効かなくなった体がギクシャクとしてその場に崩れ落ちてしまう。が、エースによって支えられ、かろうじて地面との衝突を免れた。
「お、おい!しっかりしろ。…なんだよこれ、ひでェ怪我」
『いま気づいたの…』
要求に治療も追加してもらった。
太陽が西側に傾き始めるまで、私は泥のように眠っていた。同じく、液状化したみたいにベッドに沈んでいた彼に声をかければ、大きなあくびとともに目を覚ました。
どうしてここに。寝ぼけ眼に、素朴な疑問を投げかけた。
___ん…ああ。せめてお前が海に出るのを見届けるまでは、おれが面倒見てやらねえとと思ってな。
情報とやらを得た時点で島に滞在する理由はなくなったはずなのに、随分と面倒見のいい兄なことだ。おかげで島民からの報復を心配せずに済んだので、素直に感謝しておくことにする。
それはそうと、同じベッドで眠る必要はなかったと思うけれど。
___いいさ、礼なんて。あ、いや待て。超美人な豊満お姉さんになって恩返しは割と期待したいなーなんて。
___…そんな微妙な顔するなよ。
別にしてない。
ベッドボードの突起に掛けられていたテンガロンハットを、雑にエースに被せてやった。そういえば借りっぱなしで返すのを忘れていた。彼が出港を待ったのはこれが理由でもあったのかもしれない。
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017 - 船出 ※加筆済→←015 - シャーデンフロイデ
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しらたき(プロフ) - 応援してます! (2022年9月24日 17時) (レス) @page14 id: 6b6a37760c (このIDを非表示/違反報告)
月花(プロフ) - めちゃくちゃ好きです。(唐突) (2022年9月20日 19時) (レス) @page8 id: d0a5d42c58 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:もぬん。 | 作成日時:2022年9月19日 3時