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月日は流れるのが早くて、プロに入って、悠岐さんの隣で過ごして、もうどれくらいだろう。
付き合ってから、四回目の記念日。この一年は、悠岐さんにとっても、アタシにとっても、慌ただしい一年だった。それでも、覚えていてくれた記念日、ジワリと視界が揺らいで、モニターの灯りがキラキラして見えた。
《「おひぃさん」》
モニターと、隣の声がリンクした。
驚いて隣を見ると、悠岐さんが優しい顔で、まるで、ワタシを愛しいものを見るからのような――。ううん、いつだって貴方はアタシを愛してくれた。愛してくれている。
でも、今日だけはいつもと違っていた。
彼の足元にはここまで持っていた紙袋と謎の箱。上げた視線の先、彼の手には――。
昔、幼いアタシが恋焦がれた、キラキラと輝くガラスの靴があった。
俺の手元を確認したAは、驚いたように俺と靴を交互に見つめた。
普段見ることのないその表情に、俺の緊張も解れ、へにゃりと、自分でもわかるくらい顔が緩んでしまう。
「Aはお姫様やけぇ。お姫様にはガラスの靴やろ?」
足元に跪き、片足のパンプスを脱がす。情けないことに再び緊張がぶり返し、靴を持つ手が震えた。
震える手に叱咤し、そっと、真っ白な白魚のような足に靴を滑らせる。
『……ぴったり』
「お姫様やけぇ」
立ち上がりその両手を、俺と比べて壊れてしまいそうなほど綺麗なその手を握った。
出会ってから変わらぬ努力の手。こんなに綺麗なのに、その掌は豆が潰れ皮膚が厚い――。俺の大好きな手。
「ヴィルキンス・Aさん」
普段決して呼ぶことのないフルネームに、Aの目が溢れんばかりに見開かれる。
その目には俺が映っていた。Aのことが愛しいと叫びそうな、それでいて泣きそうな、情けない顔をした俺が。
ひとつ深呼吸をして、ぐっと、まだ泣くまいと眉間に力を込めた。
「俺は世界中の誰よりもAを愛しちょるし、Aが世界中の誰よりも愛しちょるのだって俺やけぇ。隣で死ぬまで、いや、死んでも、隣に居って欲しい……俺と、結婚してください」
きっと、この美しい景色を俺は死んでも忘れんやろ。
ぽたぽたと落ちる雫は灯りが反射して、キラキラと輝きを放つ。
くしゃりと歪んだその綺麗な泣き笑いの顔は、これまで見たどの景色よりも、とても美しい景色やった。
『――っはい!』
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作者名:ペリー | 作成日時:2020年8月5日 2時