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「A」
あの人に名前を呼ばれると胸が暖かくなる。
ヴィルキンスと柳田はつい先日、晴れて恋人同士となった。週末にはどちらかの家を行き来する。
柳田は必ずヴィルキンスと共にドーム入りをするために車を出し、ヴィルキンスは柳田のために毎朝コーヒーを淹れる。
二人はゆっくりと愛を育んでいた。
「最近幸せそうだねー」
サロンで共に食事を摂っていた中村に、突然そう言われヴィルキンスは目をパチクリとさせる。
『なぁに、急に』
クスクスと笑うその姿は正にうら若き少女のようで、中村も心穏やかになる。
「ギータもヴィルも前よりもっと表情が柔らかくなったなぁって。特にギータ」
あいつってばいつ見ても鼻の下伸ばしてるよ。笑う中村にヴィルキンスもつられて笑う。
「いつから好きだったの?」
「いつかしら……でも、いつだってあの人に名前を呼ばれると胸が暖かくなってたわ」
純愛だねぇ、と中村が優しくヴィルキンスを見つめる。すると、後ろから。
「なんや、俺も仲間入れてぇなぁ」
昼食を乗せた盆を持った柳田が、ヴィルキンスの隣の席に滑り込むように座る。
「なんの話し?」
「付き合ってからギータの雰囲気とか柔らかくなったよなぁ、って話し」
口いっぱいに食事を詰め込んだ柳田が、キョトンとした表情をする。ゴクン、と食事を飲み込むと――。
「幸せじゃからのぉ。胸が暖かくなる感じ、これが幸せって初めてしったけぇ」
柳田は当たり前かのようにそう言うと、再び食事に集中し始めるのだった。ヴィルキンスと中村は顔を見合わせて笑い合う。
「今日は俺の家でええ?」
『えぇ、大丈夫よ』
ドームを出て車に乗り込む。家路を走る車中で柳田が、そう言えばと口を開く。
「昼間の話し。俺の表情がやわらかくなったー、言うちょったやつ」
『?』
「Aじゃって、幸せじゃろぉ?」
チラリと横目でヴィルキンスを見る柳田はとても柔らかく微笑んでいた。それを見てヴィルキンスは頬を染める。
『名前を呼ばれると胸が暖かくなるほどにね』
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作者名:ペリー | 作成日時:2020年8月5日 2時