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「なぁ、おひぃさん」何を迷っちょる――。幼児をあやすかのように、優しく問いかける柳田にヴィルキンスの視界が揺れた。
『アタシは、アタシは柳田さんに何も与えてあげれないわっ』
『子供だって』
『普通の人が得られる幸せだって』
『いつかは、誰かに後ろ指を刺されるのよ』
『皆んなの
堰を切ったかのようにヴィルキンスの不安が口をついて溢れてくる。
この眼から何も流すまいと、眉間に力が入る。そんなヴィルキンスを知ってか知らずか、柳田は親指でヴィルキンスの手を擦る。
「子供欲しかったら養子を取りゃええ」
「何じゃ普通の幸せって、そないなもん俺は知らんけぇのぉ。俺の幸せはAと居れることなんよ」
「俺は後ろは振り向かん! 隣に立つAの顔を見るのに忙しいけぇ」
「みんな夢見すぎなんじゃ。好きなやつの英雄になれたらそれでええけぇ」
「なぁ、Aの英雄は俺じゃろ」と有無を言わせぬ物言いに、ヴィルキンスは静かに頷く。
「Aにはたくさんもろぉとるよ。それにな、恋ってどれだけ深く愛したか、ってウチのばあちゃん言うとったぞ! この想いだけは誰にも負けんけぇ」
「俺と付き合って。俺の隣居ってくれたらそれでええけぇ」
ポロポロとヴィルキンスの頬が濡れる。ギュッと握り返されたその手こそがヴィルキンスの返事であった。
柳田はそれを見て「生まれてこれまでで、一番幸せじゃあ」と照れ臭そうに笑うのだった。
「うぅ、おめでとぉぉ!!」
二人の肩がびくりと揺れる。二人が声のする方に視線を向けると、入り口に内川と松田が涙しながら立っていた。またその後ろから、ひょっこり顔を出すのは福田と中村である。
「ちょ、な、なんでおるんじゃ!」
「あーあ、ヴィルったらこんなに泣いて。ほら、タオル」
中村に渡されたタオルで顔を覆うヴィルキンス。ブーブー言う柳田を放って、福田はウェイターに声をかけ同席する有無を伝えていた。
「俺たちのおかげでもあること忘れるなよぉ」
「今日はギータの奢りな!」
「えぇ?! なんでじゃあ!!」
柳田の悲痛な叫びにタオルから顔を離したヴィルキンスは、ようやく笑顔を見せた。初めて会った、あの日見た花も綻ぶ表情であった。
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作者名:ペリー | 作成日時:2020年8月5日 2時