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「A! 飯行こう」
試合を終えロッカールームで帰り支度をしていたヴィルキンスに、柳田はそう告げた。目をパチクリとさせたヴィルキンスは、コクリ、と頷く。柳田は嬉しそうに笑うと、「よし! ほいじゃあ、行くか」とごく自然にヴィルキンスの手を握りロッカールームを後にする。
「なんだ? 晃、あいつらついに付き合ったんか?」
「いや、ヴィルの様子から見てまだでしょ」
「俺ギータに、夜景の綺麗な店教えてくれって言われた」
「……着いていってみるか」
「賛成」と中村、福田、内川、松田の四人はこっそりと、先に出た二人を追いかけるのだった。
ヴィルキンスは困惑していた。
柳田に連れてこられた店は、シチュエーションばっちしですと言わんばかりにロマンチックな店だった。
「好きなもん頼みぃ」
『え、えぇ』
目の前に座る男からの好意に気づかないほど天然ではないヴィルキンス。入団してから今日に至るまで、目の前の男は全身で好意を示してくれていた。
言葉にされなかったからこそ、その行動を甘んじて受け入れてきた。言葉にしたら崩れてしまいそうな均衡を壊すのが怖かった。
だからこそ、今この状況にヴィルキンスは困惑もしたし、恐怖さえ覚えたのだ。
「元気ないのぉ。どっか調子悪いんか?」
『いいえ、大丈夫よ。心配かけてごめんなさい』
「ほぉか」と柳田が笑う。
どうしてか、柳田がいつも以上にキラキラと輝いて見える。あの事件以来、柳田は常にヴィルキンスの側に立ち、その背中を優しく擦ってくれていた。
その隣に甘じていた。尊敬はいつしか恋い慕うそれに変わっていた。
「なぁ、A」
『なぁに?』
「好きじゃ」
カラン。持っていたフォークが手元をすり抜けて、音を立てて落ちた。
生憎、個室のため呼ばない限りはウェイターは落ちたフォークにも気づかない。誰も邪魔する者は現れない。
『ぇ、あのアタシ』
「好きじゃ、俺はAが好き。Aは?」
喉元まで出かかった言葉が、ヴィルキンスの理性によって留まっていた。
「俺の勘違いじゃなければ、Aも同じ気持ちやと思っとるけぇ」
柳田はヴィルキンスに左手を差し伸べる。少し戸惑いながらもヴィルキンスはその手に自らの右手を差し伸べる。
柳田の手がヴィルキンスの手を包み込む。大きくて暖かい手が、ヴィルキンスの葛藤までも包み込むようだった。
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作者名:ペリー | 作成日時:2020年8月5日 2時