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もう何処にも行かないで
「なんでおるん」
目の前で、ちびっこギャングが凄んでくる。そんな顔もイケカワだから森くんって罪作りな男に育って！そんなところも好き！
「もぉ！聞いてるん？！」
『今日もイケカワですね！』
「はぁ？なにそれ」
『イケメンで可愛いの略です』
「え、そう？……じゃなくて！もぉ！！」とプンプンしてる、可愛い。正直、森くんが何を言いたいのか私には全く分からないから困っています。
「Aちゃん、友哉はさ。なんで急に来なくなったんだーとか、なんでその席にいるんだーとか言いたいんじゃないかな」
私たちを見かねて山川さんが教えてくれると、森くんもうんうんと頷いていた。
ファンが1人増えたり消えたりするのなんて日常茶飯事で、今に始まったことじゃなかった。でも、彼女が居なくなるだなんて俺も山川さん達も想像がつかなかった。
話せば俺の尻とか太腿の素晴らしさを語り、笑った顔も怒った顔も好きだと恥ずかしげもなく告げた彼女。
しかし、ある日突然、彼女は消えた。その次の日もその次の月も、またその次の年も彼女を探すが見つからなかった。そうしていくうちに、だんだんと彼女の顔を思い出せなくなった。
それがどこか悲しかった。
少し早い時間から報道関係者席で準備する人影を見つけ、気になってその姿を眺めた。すると相手も俺の視線に気づいてか、何度も頭を下げてきた。その姿に彼女を思い出した。もしかして、と近寄るとやっぱり彼女だった。
なんで、どうして、そんな言葉しか出てこない。
「Aちゃん、友哉はさ。なんで急に来なくなったんだーとか、なんでその席にいるんだーとか言いたいんじゃないかな」
山川さんが言葉足らずの俺をフォローしてくれる。さすが山川さん！それを言いたかったんよ！
『この度カメラマンに転職しまして。3年間学業と仕事の二足の草鞋で、なかなか球場に行けず…無念でした』
彼女は残念そうに顔を歪ませる。
『推しの素晴らしさを世界中に伝えたくて』
3年前と彼女は変わらないらしい。それでも不安はある、またいなくなるんじゃないかって。少しでも彼女を繋ぎ止めたい。俺はキュっと彼女の手を握った。『ふぁ？！』と奇声をあげる彼女を無視して、ギュッと力を込める。
「もう、どこにも行かんで」
何も言わずに消えたりせんで。置いていかれるのは、もうごめんだ。
「ちゃんとここで、見とって」
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作者名：ペリー | 作成日時：2020年9月3日 5時
