百九話 ページ35
その時の彼の笑顔は、窮地の時にしか見せない相手を煽るようなものではなく。
｢好きだ、A｣
スローモーションで甘く、でもはっきりとその言葉は彼女の鼓膜を揺らした。
当人の彼女は固まったままだったが。
彼は続けた。
｢俺は恩人から心をくれたと同時に愛を貰った。だがそれをあの人が望むような使い方を出来るかが不安で仕方がなかった。
ペンギン達と出会った頃は自分以外の人間を信じることなんて夢の話だった。俺をここまで連れてきてくれたのは紛れもない
愛を知らないで、“ハートの海賊団”は名乗れねェだろ？｣
懐かしみながら、ほんの少しだけ照れくさそうに、でもその間に溢れる笑顔は温かく眩しかった。
目を当てられない眩しさじゃなく、手を伸ばしたい、そんな優しさだ。
彼の声は、落ち着いた声だったが、この2人の空間のみ鮮やかであった。
｢だが、Aへのソレはアイツらとは別物だった。理解するのに時間も掛からなかった。
クルー達と楽しそうにしてるのも、泣いてる子どもの話を聞いてやるのも、ちょっと揶揄えば顔膨らませて怒るのも、誰かを思って涙を流す心も＿＿＿＿気づいた時には目で追いかけて、助けられていた｣
彼は彼女の魅力を今よりもっと昔から知っていた。
クルーとしても、一人の女性としても。
最初は戸惑っていたものの、徐々に彼の言葉を冷静に聞けるようになった彼女は、一呼吸置いて話し始めた。
『...私は気づいた時点でソレに“蓋”をしてしまいました。
ローさんは今まで私の知らない誰かを想い続けて、追いかけていたような気がして。邪魔しちゃいけない、そうずっと思っていました。
格好良くて、船員思いで、何でもこなしちゃって、少し不器用だけれど優しさもあって。ローさんに私は勿体無いですよ』
少し乾いた声のように話していた。
好きなはずの彼が自分を求めていると言うのに。何故か突き放すような発言をした彼女だった。
すると、彼は彼女の方に体を向け、彼女の手を取った。
｢＿＿＿＿何が勿体無いんだ？俺が誰を選ぼうと俺の自由だ。俺はお前が良いんだ。それだけじゃ駄目なのか？｣
真っ直ぐ彼女の瞳をとらえる。
甘く光る蜂蜜色の瞳に彼女は蕩けて吸い込まれそうだった。
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作者名：つんてん | 作成日時：2022年11月3日 19時
